「自分は、こんなにも応援してもらっていた」カヌー羽根田、37歳で5度目の五輪に挑む真意 「水の呼吸を聞く」独特の世界
撮影:大島千佳、金子等 編集:神林裕之
パリオリンピックに出場するカヌー選手、羽根田卓也の表現は独特だ。競技の極意を尋ねると「水の呼吸を聞く」と説明された。漕いで速く進むのではなく、艇の下の流れに目を向けるのだという。 5大会連続のオリンピック出場。2016年のリオではアジア勢初の表彰台となる銅メダルを獲得した。21年の東京は10位。その後しばらく、去就は明かさなかった。すぐにパリを目指す気持ちになれなかったからだ。そこからもう一度、挑戦する気になったのはなぜか。(共同通信=大島千佳)
龍が暴れる
漕ぐ、漕ぐ、漕ぐ。水をつかんで艇を進める。複雑な流れの上を、ゲートに沿って滑るように駆け抜けていく。轟音と激流の中、羽根田は次のゲートを見据えて流れを読むという。瞬時の判断が勝敗を分ける。真っ白い水しぶきを背景にコースをくだる姿は、龍が暴れているようにも見える。コース外を走る私がやっと追いつけるほどのスピードで、ぐんぐん進んでいく。 9歳から父と兄の影響でカヌーを始め、大学から強豪国スロバキアに単身渡った。世界レベルで活躍し続けたが、日は当たらなかった。 「誰もカヌー競技のことなんて、知らなかった。人知れず出場して、人知れず入賞して、人知れずオリンピックが終わるのを2大会、経験した」 3大会目、リオの銅メダルで世界は一変する。 「知ってもらえることの喜びを知った」 東京までの5年間は、精神的にも肉体的にも限界まで追い込んだ。地元開催で、競技人生の集大成と位置づけたためだ。本番前日も、見ていて痛々しいほど激しい練習をしていた。 結果は表彰台に届かなかったが、それでもこう表現した。 「応援の輪の中で挑戦できる貴重さをすごく感じた」
「まだこんなに応援してくれている」
東京の後は「第1回江戸川区羽根田卓也杯」を開催し、子どもたちにカヌーを教える機会も増えた。パリへ向けた挑戦へ、背中を押してくれたのは周囲の人々の声だ。当たり前のように言われた。「次はパリだね」 「自分ってまだこんなに応援してくれる人がいる。応援してくださる方々とつながりをたくさん持つことができている。特別なことだと思うんですよね。実際に会ったりとか一緒にカヌーを漕いだりとか、つながりを持った人がオリンピックに出るというのは、すごく貴重な経験になると思う。そんな思いも感じながらパリに出たい」 羽根田の思いは、後輩にも受け継がれる。カヤックで初出場する田中雄己は、練習パートナーを務めて急成長。水の流れを読むことを伝えられたが、実際に身につけるのは簡単ではない。水の感覚をつかむセンスも技術も、結局は田中がひとりで体得することだからだ。ただ、感じようとすることに目を向けるか向けないかで、その選手の競技人生は変わる。 今年4月の国内大会。撮影のため訪れると、レース後に観客らと笑顔で言葉を交わす羽根田の姿があった。競技に臨む姿勢は変わらず厳しいが、以前より楽しんでいるように見えた。
共同通信社