「猫が生きていける町はいい町だ」:〈観察映画〉の探究者、想田和弘が『五香宮の猫』を作りながら発見したこと
小さな港町で猫について語るタブーとリスク
TNR活動についても、本心ではもろ手を挙げて賛同しているわけではない。あくまで人間の都合で繁殖を抑制する「暴力」に自分も手を染めているという自覚がある。 「友達になった猫がお腹をすかせていたり、困っていたりしたら、助けたくなるのが人情じゃないですか。でも住民の中には、エサをやることに反対する人もいる。だから人目を忍ぶように世話をせざるを得ない。柏木がTNRに参加したのは、その後ろめたさもあって(笑)。猫の害を訴える方々に納得してもらう妥協策なんですね。ただ、それを徹底すると、本当に猫がいなくなってしまうので、気持ちとしては非常に複雑ではあるんですよ。自然のサイクルを人為的に断ち切ることなので」 映画は、瀬戸内海に面した港町の牧歌的な日常風景を映しながら、コミュニティーが抱える問題の秘められた核心へ、じわじわと接近していく。 「牛窓で猫について語るのはやはりタブーなんですよ。猫を世話する人たちと、猫に困っている人たちにはっきり分かれますから。そこをみんな表立っては話さない空気があった。そんな中でこういう映画を撮るのは、非常に危ういことなんです」 タブーを破り、リスクを冒しながら対象に迫るのが、想田ならではのドキュメンタリー作法だ。それは、川崎市議会の選挙戦に密着し、日本型民主主義の核心を突くことになった『選挙』や、地方の精神科クリニックで医師や患者、スタッフに話を聞き、現代人の精神のありように迫った『精神』から一貫して変わることがない。 「こういう作品を発表することで、猫に危害が及ぶ、あるいは捨て猫が増えるなど、予想されるリスクはあります。でもそれを上回る意義もあるんじゃないかと。タブーを扱うとはいえ、テーマありきではないので、問題をクローズアップして入り込んでいく作り方ではないんです。あくまで自然と表層に現れた出来事だけを撮る。今回も、撮っていくうちにコミュニティーというテーマが見え隠れするようになりました」