菅田将暉が発した“観客の目を引く曖昧さ” 黒沢清監督と初タッグ、改めて芽生えた映画への愛
憎悪の連鎖から生まれる“集団狂気”を描いたサスペンス・スリラー「Cloud クラウド」(公開中)。同作の撮影現場では“10年ぶりの再会”が実現している。 【動画】「Cloud クラウド」予告編 黒沢清監督と菅田将暉。初対面は、菅田の主演作「共喰い」(青山真治監督)で参加した2013年・第66回ロカルノ国際映画祭。2022年、57歳の若さで亡くなった青山監督から紹介された時以来だった。 そんな2人が“監督&主演”として初タッグを組む。完成した作品では“黒沢清成分”を存分に摂取することができ、そして“俳優・菅田将暉”の魅力を再発見することが可能だ。 “10年ぶりの再会”によって生まれた異様な野心作。黒沢監督と菅田に充実の撮影を振り返ってもらった。(取材・文/映画.com編集部 岡田寛司、撮影/間庭裕基) 【「Cloud クラウド」あらすじ】 町工場で働きながら転売屋として日銭を稼ぐ吉井良介(菅田将暉)は、転売について教わった高専の先輩・村岡(窪田正孝)からの儲け話には乗らず、コツコツと転売を続けていた。ある日、吉井は勤務先の工場の社長・滝本(荒川良々)から管理職への昇進を打診されるが、断って辞職を決意。郊外の湖畔に事務所兼自宅を借りて、恋人・秋子(古川琴音)との新生活をスタートさせる。地元の若者・佐野(奥平大兼)を雇って転売業は軌道に乗り始めるが、そんな矢先、吉井の周囲で不審な出来事が相次ぐように。吉井が自覚のないままばらまいた憎悪の種はネット社会の闇を吸って急成長を遂げ、どす黒い集団狂気へとエスカレート。得体の知れない集団による“狩りゲーム”の標的となった吉井の日常は急激に破壊されていく。 ●2人を結びつけた青山真治監督の思い出「心の何かを許している存在なんだろうな」 ――本作の情報解禁時、おふたりの初タッグに嬉しさを感じつつ、「そう言えば…」と思い返したことがありまして。それが、2023年12月に開催された青山真治監督の追悼特集上映「帰れ北九州へ――青山真治の魂と軌跡SHINJI AOYAMA RETROSPECTIVE 2023」のこと。おふたりも開催に向けてのコメントを寄せていましたし、初対面の場(第66回ロカルノ国際映画祭)にも青山監督はいらっしゃいました。ですので、まずは青山監督の話題から始めていきたいと思います。黒沢監督は、青山監督から菅田さんのことを何かお聞きしていましたか? 黒沢監督 最初に菅田さんとお会いしたのが、ロカルノ国際映画祭。そこで青山が菅田さんを紹介してくれて。当時は「共喰い」が出品されていましたが、僕はまだ映画を見ていませんでした。ですので、菅田さんのことをしっかりとは存じ上げてなかったんです。 やりたがっていましたよね、青山は菅田さんともう一度――。多分、青山が予想していたよりも、菅田さんはどんどんと売れっ子になっていき、さまざまなものに出ていかれた。青山の発想が追いつけなかったんでしょうね。 ――菅田さんは、青山監督から黒沢監督のことを何かお聞きしていましたか? 菅田 僕に対して「黒沢作品とはこうなんだ」と細かく仰ることはなかったですが、ロカルノ映画祭でお会いした時が印象的で、青山さんがあまり見たことのない表情で黒沢さんと喋っていたんです。1発でほぐれているというか、心の何かを許している存在なんだろうなと。ウキウキ楽しそうで、いつもより少年っぽい感じが増していましたし、お酒もいつもより進んでいたかな。ワインを美味しそうに飲みながら、すぐに酔っぱらっちゃって、真っ赤な顔になっていて――黒沢さんと話すことが、本当に楽しいんだろうなと思いました。 ●菅田将暉の絶妙な両義性「“観客の目を引く曖昧さ”できちんと演じる。これが物凄い」 ――黒沢監督は、第81回ベネチア国際映画祭でのワールドプレミア上映が決定した際、「菅田将暉の善人とも悪人ともつかない絶妙な両義性が、この幸運を引き寄せてくれたのでしょう」とコメントを出していました。菅田さんの“両義性”は、「Cloud クラウド」にとって重要な要素でしたか? 黒沢監督 要(かなめ)だと思っています。菅田さんが演じてくれた吉井という役は、俳優にとっては“演じるのが難しい役”なのでしょう。脚本を書いている時には、そうは思わなかったのですが……。つまり“普通の人”を演じるということ。吉井は、際立ったわかりやすい感情表現というものをしませんし、その一方でただ押し黙ってるような“もの静かな人”ではない。ごく普通に生活を営んでいる人物――菅田さんは、見事な曖昧さで演じてくれたのです。 そして“観客の目を引く曖昧さ”できちんと演じる。これが物凄い力だなと思いました。下手な俳優がただ曖昧に演じてみると、単にわけのわからない、印象に残らない“希薄な人”になっていきますから。 「いいよ」という返事ひとつをとっても、それが本当に良いのかどうかわからない。喜んでいるのか、困っているのか。「一体、どっちなんだろう」というクエスチョンが残るような曖昧さを的確に出してくれていました。そんな“曖昧”な吉井が、生きるか、死ぬかという曖昧では済まされない状況に陥ってしまう。これが「Cloud クラウド」の大きな流れになっていて、菅田さんの演技に導かれ、観客もいつの間に極限状態を味わうことになるでしょう。 ●菅田将暉が考えた“黒沢映画の魅力”は? 実は、R指定がついたことがない→これって狙い? 偶然? ――菅田さんは、ロカルノ映画祭での“黒沢監督との初対面”を経て、いわゆる「黒沢作品」に触れていく機会も増えたと思います。鑑賞した作品群から、どのようなイメージを受け取りましたか? 菅田 もともとスリリングな映画が好きなんです。そういう作品を見ている時は「どうなるんだろう」「何が起こるんだろう」と感じることが多いんですが、黒沢さんの作品は、今仰った“曖昧さ”と言いますか、自分の物差しでははかり切れない不気味さのようなものがある。たとえば「この人物とこの人物の距離感、あんまり見たことがないな」といったもの。そういうところが見入ってしまう好きなポイントでもあって、だからこそ自分も“曖昧さ”というものを帯びることができたんじゃないでしょうか。 あとやっぱり“怖さ”。わかりやすく痛い&苦しいという映画はたくさんありますが、黒沢作品の“怖さ”は、ある種の心地よい刺激みたいなものがあって……ファンタジーなのか、現実なのか本当にわからなくなるという印象もあるんです。 ――菅田さんのオフィシャルインタビューを読んでいて知ったのですが、黒沢監督の映画はR指定がついたことなかったんですね。 菅田 そう、そこが面白いですよね。 ――“狙い”ですか? 黒沢監督 いえいえ、少し話がそれてしまうかもしれませんが、年齢制限を指定しているところは映倫(映画倫理機構)となります。その指定を担当されている映倫の関係者は、実は映画が大好きで、映画のことをかなりよく知っています。ある基準に従ってドライに割り切りながら、レイティング設定を決めているんですが、実は僕の映画は、この“基準”にひとつも引っかからない。非常に暴力的な要素も多いのですが、ほとんど血も映し出されませんし、何かがあからさまに見えるということもあまりない。 そもそも“見えていない”方が怖いんですよ。実は“見えている”方が嘘っぽかったりする。画面の奥の方で相当ひどいことをやっているけど、そこが暗がりになっている。だから、何が行われているのかははっきりとは見えないので、これは(映倫の)基準には引っかからない。映倫の人もわかっていると思いますよ。「あ、これはひどい事をしているな」と。でも、基準はクリアしていますからね(笑)。 ●転売屋を通じて“真面目な悪者”を描く ――では、菅田さんにお聞きしますが、吉井の「転売屋」という設定についてどう感じましたか? 菅田 僕らの仕事の周辺には、たくさんいると思います。ライブチケットの転売だったり、洋服の転売だったり。ブランドスニーカー、フィギュア、ギターなどなど、事例はいっぱいありましたから、転売屋自体のイメージはしやすかったです。もちろんポジティブなイメージはそんなにありませんが、だからかといって、全員犯罪者なのかというとそうでもないという部分も理解できる。実態がよく見えにくいですが、よくこんな面倒なことをやるなぁとは思っています。絶対大変ですよね。 ――黒沢監督は、お知り合いに転売をやっている男性がいらっしゃったそうですね。彼がきっかけで転売屋に興味が抱き、このモチーフはドラマ「贖罪」にも登場しています。どうしてこれほど惹かれるのでしょうか? 黒沢監督 「転売屋」と聞いた時は、本当に悪いことをしているような印象があったのですが、その知り合いというのは、まったく悪人ではありません。いや、ちょっとは悪いんですよ。ただ本当に一生懸命に、真面目に、転売をやっていました。時給換算にしたら、きちんとバイトでもした方がいいのかもしれない。でも、ある組織に所属して働くことが難しかったり、手に職もなく、資産もない。ですから“生きていく”ためにやっているんです。 普通の社会システムの中では、なかなかうまく生きることができない。少しは悪いことではあるけど、懸命に生きているという姿がなかなか健気で――でも、どこかビクビクしている部分が、 非常に現代的だなと思いました。「いつかこういう人を主人公にしたい」と考えましたね。“真面目な悪者”とでもいえばいいんでしょうか。遊び半分にやっているわけではない部分には、とても好感を覚えたので、いつか使いたいと思っていたんです。 ●転売屋・吉井と向き合う日々の中で――「スパッと悪態をつけない。だからこそ“恨み”をかう」 ――菅田さんは、吉井を演じるにあたり「いつの間にか色々な恨みを買っている部分」を大切にしていたそうですね。この“いつの間にか”という部分の表現は、なかなか難しかったのではないのかと感じました。 菅田 その辺のチューニングは、最初に監督とやっていました。撮影初日は、荒川良々さんとのシーン。そこでの会話で調整していこうかなと。たとえば、無視しているわけではないのに、相手にとっては無視したように感じてしまうなんてことがあり得ますよね。ものすごい近い距離で、相手の目を見て話さないと「私のこと嫌いなんだ」と感じてしまう人もいる。“受け取り方”は人それぞれなんですよね。 吉井に関しては、少し不遜で、ほんの少しリスペクトが足りないイメージ。そのチューニングをやりすぎない程度に行っていました。自分はもっとこういう生活を送りたい、そんな中でも転売の仕事が少し上手くいき始めたので、そっちの方に脳みそが引っ張られながら喋っているような感じと言えばいいんでしょうか。 吉井は、ある意味“真面目”なんだと思うんです。スパッと悪態をつくことができない人物。それが出来ないからこそ、より強い恨みをかってしまう。もしすんなりと悪態をつけるような人間だったら、“あんな事”にはなっていないと思います。 ●「Cloud クラウド」で“怖かった”ところは?「良々さんが家にやってきて……」 ――ちなみに、菅田さんが「Cloud クラウド」で“怖かった”ところは何処になるんでしょうか? 良々さんが家を訪ねてくるシーンがあるのですが、あそこはコワおもしろかったです。いや、やっぱり怖いかな……。インターホンを鳴らすという展開があるんですが、良々さん、1回多く鳴らしているんです。 黒沢監督 急に押してましたね(笑)。 菅田 台本にも段取りにもなかった部分で…あれがあったからこそ“怖かった”となっているのかもしれません。シーン自体も、良々さんが騒ぐわけでもなく、じっとこちらを窺っている。「お前はどうするんだ?」と球を預けられているような感じがして、とても怖かったです。 ●吉岡睦雄を存分に語る「俺の知ってる人間の形をしていない」「“崖っぷちにいる人”を演じると◎」 ――荒川さんを含む“集団狂気メンバー”(窪田正孝、岡山天音、赤堀雅秋、吉岡睦雄、三河悠冴)とのやり取りは見応えたっぷりで、非常に楽しかったです。メンバーの皆さん、ものすごく“濃い”と言いますか……個性があまりにも強すぎて、まったく交じり合わない感じも見どころかなと思いました。 菅田 あそこまでいくと怖すぎるんです(笑)。その頃には(=“集団狂気メンバー”との撮影)、一観客目線で作品を見ていたような気がしています。吉岡さんのことについて話してもいいですか? ――是非! 菅田 吉岡さんは……なんて言えばいいんだろう……俺の知ってる人間の形をしていないというか。 ――(笑)。 菅田 何かが多いのか、何かが欠けているのか……痛点がないからひたすら向かってくる虫のような怖さを秘めている(笑)。「すぐ終わりますから!」と甲高い声で喋る感じがやっぱり絶妙に面白いし、怖かった。しかも最後にはめちゃくちゃ“泣く”って……この情けなさが凄まじかったんです。 ――黒沢監督の中編「Chime」では主演を務めていますよね。 黒沢監督 いや、本当に独特な……でも、普段はきちんとしている方なんですよ。 菅田 そうですね、普段は凄く優しい。 黒沢監督 “崖っぷちにいる人”を演じるとピカイチです。「あ、もう一歩で落ちるな」という場所に常にいる感じです。 一同 爆笑 菅田 声も好きなんです。セリフのリズムもいいし、言葉がスパっと入ってくる。現場でよく声が通るんです。わりと野外で撮ることが多くて、風が強い日でも、吉岡さんの声はスパーンと入ってくる。しかも、そんな声を張っているわけでもないのに……あれは不思議でした。 ●アクション映画として企画スタート「出会えばどちらかが必ず死ぬ。そういうことがやりたかった」 ――“集団狂気メンバー”との銃撃戦は“黒沢監督らしさ”が存分に詰まったパートです。もともとは「スカッとしたアクション映画を撮りたい」という思いから、企画がスタートしたそうですね。 黒沢監督 “スカッとした”という言い方が合っているかどうかわかりませんが、ある種とまどいもなく進んでいく。つまり、両陣営に“殺意がある”ということです。どちらかが「止めてくれ」と懇願し、それを無理やり撃つという流れではなく、出会えばどちらかが必ず死ぬ。言ってみれば戦場ということでしょうか。これは最初からの狙いではあったのですが、そこに参戦する人は、いわばみんなが“普通の人”。ほんの少しの悪事を働いているのかもしれませんが、決して暴力的な人たちでない。そんな人たちがあれよあれよと言う間に戦闘状態に陥ってしまうようなアクションを撮りたかったのです。 ●「やっぱりこれだよな」という確信 青山組を想起した光景 ――菅田さん、改めてとなりますが、黒沢組への参加はいかがでしたか? 何か“持ち帰った学び”はありましたか? 菅田 現場、すごく楽しかったんです。 改めて、映画という仕事の楽しさみたいものを感じました。スタッフの皆さんも意気揚々と、 能動的に動いてる感じがとても素敵でした。ある意味、その光景は青山組とも近いものがありました。「やっぱりこれだよな」という確信がありました。 あとは芝居面で言えば、やっぱりく黒沢さんの演出手法はすごかった。演じる側としても新鮮で、全ての演出に納得感があるんです。理屈をつけて組み立てていくわけではなく、 画の中の動きから始めて、そこに自然と気持ちが乗っかっていく。偶然性をしっかりと必然的に作ってるような感じで、そこが演者としては気持ちが良かったです。 やっぱり気持ちだけで芝居を作ろうとすると、自分の引き出しの範疇から出られない場合があるんです。想像できる範囲というのは、自分の人生や経験からでしかないので。でも、まずは“動き”に徹してみることで、それが広がっていく。その結果、表現も豊かになるというのは学びになりました。やっぱり伝えすぎなくてもいいんだなと。それが“お客さんを信じる”ことにも繋がっていくんですから。