ゾンビは映画界に何をもたらしたのか? 故ジョージ・A・ロメロ監督の功績
現地時間の7月16日、ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督が、肺がんのため77歳で死去したニュースが流れ、スティーブン・キングをはじめ、多くの映画関係者が哀悼の意を捧げた。
“ゾンビ映画の父”のロメロ監督
“ゾンビ映画の父”とも言われたロメロ監督が1968年に商業映画として最初に手掛けた『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は、約11万ドルという低予算ながら、興行的にも一定の結果を残し、その後のゾンビ映画の礎となる伝説の作品として語り継がれている。その理由をゾンビ映画に詳しい映画評論家はこう説明する。 「ゾンビとは、ブードゥー教の伝承で、呪術師によって蘇った死者たちのことを指すのですが、1930年代前半からゾンビを題材にした作品は存在し、その後も細々と映画は製作されていました。そんな中、1968年の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が、なぜゾンビ映画界において重要な位置づけになっているかというと、『カニバリズム(=人間が人間の肉を食べる習慣)』、『ゾンビにかまれるとゾンビになる』、『頭部の破壊以外は死なない』という、その後のゾンビ映画のスタンダートとなる原則を打ち立てた映画だからです」 そしてロメロ監督は、1978年に『ゾンビ』、1985年には『死霊のえじき』という“ゾンビ3部作”を世に送り出した。 とくに『ゾンビ』は、イタリアのスプラッター映画の巨匠ダリオ・アルジェントも製作に加わり、ゾンビアクションもスケールアップし、ロメロ監督の名は世界的に広がった。
初期のゾンビ映画はマニア向けだった
では実際、この時期にゾンビ映画が市民権を得ていたかというと、「そう断定するのは早計」と、前出の映画評論家は語る。 「やはりジャンルとしてはカルト的な人気であって、間口が広いメジャー作品という位置づけではありませんでした。基本的には低予算で制作される作品が多く、粗悪な内容のものもありました。日本での劇場公開もほとんどなく、一部のマニア向けのジャンルだったといえるでしょう」 その後、2000年代に突入するとゾンビ映画に新たな流れが出てきた。人気ゲームを原作とした『バイオハザード』や『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』の登場だ。