豊田章男会長が掲げる「もっといいクルマ」の原点がここに…技能者250人を育てる「トヨタ工業学園」の秘密
■新技術を研究中の「電子実習室」、そこでは… 学園の校舎は学園棟、実習棟、共用棟の3つの建物からなる。学園棟にあるのは国語、数学などを教える一般の教室で、共用棟には講堂、食堂といった施設が配されている。実習棟はその名の通り、モノづくりの実習を行うところ。木型実習室、塗装実習室、溶接実習室といったものから、ロボット実習室、メカトロ実習室といったように工場を小さくしたような空間が並んでいる。 学園の実習室をほぼすべて見たけれど、印象に残っているのは電子実習室だ。パソコンがずらりと並びモニターを見つめる学園生と指導員がいるだけ。誰ひとりとしてしゃべることはない。教師と生徒は同じモニターを見つめてきわめて小さな声でやり取りするだけだ。新車の開発と聞くと、工場や設計室で侃々諤々の議論をしているシーンが頭に浮かぶけれど、現在のさまざまな開発はパソコンのなかで行われているのだろう。 生徒は学園棟で国語、数学といった一般教養科目を学ぶ。そして実習棟ではモノづくりを習う。2年生からは各専攻科に分かれて勉強する。精密加工、塑性加工、自動車製造、自動車整備、金属塗装、鋳造、機械加工、木型の8つの専攻がある。 ■社長よりも豊か?な寮の食堂 そして、2週間交代で学園と実際の工場(生産現場)を行き来する。学園では勉強、工場では実習だ。工場での勤務は各専攻科に分かれる。たとえば、鋳造を専攻している生徒は工場の鋳造現場で実習する。卒業したら、その生徒は鋳造部門への配属になる。 学園は原則全寮制だ。生徒全員が学園の近くにある平山豊和寮に入って学ぶ。居室は6畳の個室。ビジネスホテルの部屋と思えばいい。 相部屋だった時代が長かったけれど、今では完全に個室になった。洗面台、エアコン、クローゼット完備でWi-Fiも通じている。大浴場にはサウナまである。サウナーの生徒には好評だろう。朝食と夕食は寮の食堂でとる。朝食の人気メニューは「焼きたてパン」だ。トヨタの社長になったとしても毎朝、焼き立てのクロワッサンを食べることは到底、不可能だ。それを考えると、生徒たちは社長よりも豊かな食生活を楽しんでいる。 ---------- 野地 秩嘉(のじ・つねよし) ノンフィクション作家 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。 ----------
ノンフィクション作家 野地 秩嘉