ジョン・ホプキンスが語る「アンビエントではない」没入型サウンド・アートの背景
音楽を取り巻く技術や環境の変化、その未来
─少し前になりますが、イーノやシュトックハウゼン、テリー・ライリーなど前衛音楽や電子音楽、ミニマル・ミュージックなどの音楽家・作曲家のインタビューをまとめたハンス・ウルリッヒ・オブリストの『A Brief History of New Music』という本が邦訳されて日本でも話題を集めました。そのなかでパリの作曲家のフランソワ・ベイルが、従来の楽譜にとらわれない電子音楽の可能性について語っていて、音符の限界を超えた表現方法があることを語っていたのが印象的でした。あなたは王立音楽大学で本格的なクラシック音楽を学んだ素養の持ち主ですが、あなた自身は電子音楽の可能性についてはどんなふうに考えを持っていますか。 ホプキンス:僕が音楽大学で学んだのはピアノだったから、他の人が作曲したクラシック音楽を演奏する方法を学んだだけだった。だから大学の経験が、いまの活動と合致しているという認識はあまりない。自分がいままで作ってきた音楽は、一度も楽譜を書いたことがないんだ。僕は常に即興に傾倒している方で、音楽理論をはじめとするクラシック音楽の方法には全く傾倒していないんだよ。テリー・ライリーやスティーブ・ライヒなどの音楽は聴いたことがあるけれど、彼らが実際に全ての音楽を楽譜にして書き出していたのかは僕も分からない。そこは気になるところだね。彼らは実際に書いていたかもしれないけれど、それは僕のアプローチではなかった。Abletonは非常に直感的に使えるソフトウェアだから、それが現代の楽譜の役割をしていると思う。Abletonで制作していると、その場ですぐに音が聴こえるから、僕はそれに反応していくのが好きなんだ。前の音に反応して、次の音が出てくる。一方で楽譜を書く作業というのは、全て頭の中で行われる作業であり、後から他の人が演奏する音楽のためのものだ。楽譜を書くことの方が、おそらくすごいことなんだろうけ(笑)、僕自身のアプローチではないんだよ。 ─一方で、電子音楽、特に「アンビエント・ミュージック」においては、近年AIによる自動生成が大きな話題となっています。睡眠や勉強、心を癒すためのセラピー用など、様々な効果を謳ったプレイリストがストリーミング・サービスでは溢れかえり、莫大な再生数を記録している現状は、音楽における芸術性や作者の独創性の概念に新たな問いを投げかけ、新たな議論を巻き起こしています。あなたはこのような状況をどのように捉えていますか。 ホプキンス:ミュージシャンにとっては良い状況だとは言えないと思うけれど、先ほども話した通り、僕は自分の音楽をアンビエント・ミュージックだとは思っていない。でも、睡眠用や、仕事用といった具体的な効果を目的とし、受動的に聴くために設計された音楽を作ることを生業としていた人にとって、ロボットがそれと同じことをやり始めたら、それはその人がかわいそうだ。酷いことだと思う。僕たちは一体どんなロボットを作ってしまったんだろう? そしてそれは今後どのように進んで行くんだろう? それは僕には分からないけれど、僕が分かっているのは、自分の役割は、色々な物語を伝え続けていくということ。AIという領域のことに関しては、あまり意識に入れないようにしている。音楽を作って生計を立てることができなくなるかもしれないという不安を抱いたり、その結果、自身の創造プロセスに悪影響を及ぼしかねないからね。 ─それこそ前々作は「Singularity」というタイトルでしたが、音楽とAIやディープラーニングなどのテクノロジーとの関係、その可能性についてはどう考えていますか。 ホプキンス:確かに「Singularity」という言葉は、「テクノロジーが神になる」状態を意味することで有名だよね。でも、僕のアルバムにおいては、そういう意味を意図したわけではないんだ。僕は、「離別・分断(separation)」と反対の意味で、『Singularity(単一性)』という言葉を使った。つまり、あのアルバムは「一体性(togetherness)」を表現したものだった。それに、僕はタイトルをつける場合、その言葉がとにかくカッコいいから選ぶということもよくあるんだ(笑)。文字にして見た時にカッコよく見えたし、見た目的にも『Singularity』は『Immunity』を彷彿とさせる感じで、あの2作は対の作品として良い感じに収まった。でもテクノロジーとのバランスは大切なことで、このスタジオを見ても分かるように、僕はたくさんの機材、テクノロジーを使って音楽を作っている。そして技術の進化は止まることを知らない。だが技術を使っている人は、ある年齢に達すると、もう進化しなくても良いと思うようになる。自分がやりたいことはいまの技術を使えばなんでもできるから、進化の必要性をこれ以上、感じなくなる。だが、進化はさらに続き、いまとなっては、テクノロジーが人のために音楽を書いてくれるという状態になっている。人間たちが作ってきた世界なのに、その世界において人間たちの居場所が脅かされているというのはおかしな話だね。 ─イーノの作品とは常に、アートと技術および科学への橋渡しとなるものだったとするなら、あなたの作品はアートとスピリチュアリティや自然への橋渡しとなるものだと言えるのではないか――と思ったのですが、いかがでしょうか。 ホプキンス:とても素敵なコメントだね。そういう風に受け止めてもらえているなら嬉しいよ。スピリチュアリティ、自然、そして内面の風景へのロードマップーーこの3つのコンセプトが個人的には気に入っている。人々が、内面への(精神的な)体験をするために、そのような構造的枠組みを提供できていたら嬉しい。 ─哲学者のウィトゲンシュタインは、人間とは「儀式的動物」であると言いました。儀式(Ritual)は、地域や民族や国家や宗教を超えて、あらゆる人類があらゆる時代において行ってきた文化であり、つまり儀式とは「文化の核」であると。あなたが今作に「儀式」と名付けた理由を教えてください。 ホプキンス:いまの言葉が、まさに僕の回答でもあると言えるね(笑)。僕はその哲学者の言葉を知らなかったけれど、同じように考えている。儀式とは、時間の建築物であり、僕たちが日々の活動時間を区切る方法として機能している。それが無いと、僕たちには構造というものに欠けてしまう。たとえそれが、例えば、「毎朝に飲む一杯の紅茶」といった些細なことや、「友人と一緒にディナーに行く」という行為も、全て儀式に含まれる。このアルバムのタイトルは――音楽を聴いたら感じてもらえると思うけれど――いま挙げた行為よりも深い体験を指しているけれど、タイトルとしては「白紙」のようなものであって欲しい気持ちもあるんだ。リスナーに偏見を持たせたくないし、僕が考えている『RITUAL』をリスナーに押し付けたいとも思わない。それに先ほども話したように、文字にして書かれた時にカッコよく見える、という点においても気に入っている(笑)。特にヴァイナルにした時の見栄えはすごく良い。 ─今作についてあなたは、「“アルバム”という感じではない。 もっと多くのプロセスを経て、自分に作用する何か。同時に、この作品は物語を聞かせるようにも感じられる」とコメントを寄せています。『RITUAL』という体験がリスナーにもたらす作用や効果については、どんな期待があなたの中にありますか。 ホプキンス:良い質問だね。それはこれから分かることだから、楽しみだよ。僕の願いとしては、人々がカタルシスを感じてくれることだ。何かを通り抜けて、心の平穏を感じられる場所へと辿り着いてくれたらいいと思う。それに呼吸法や瞑想の修行、そしてサイケデリックな体験において構造的枠組みを提供するために役立ってくれたら嬉しい。だから僕の期待する作用や効果はたくさんあるけれど、僕の役割は音楽を作って、それを世に送り出すことだ。その後にどんなことが起こるかというのは、音楽の役割というか、音楽にかかっている。人々の反応を知るのが楽しみだよ。 ─これまでユニークな作品とディスコグラフィーが続いていますけれど、今後はどういう作品を発表していきたいですか。 ホプキンス:直感的な答えになるけど、次はいまやっているようなものとは対照的なものになると思うよ。僕はこの経路を辿ってきて、かなり遠くまでやってきたと感じる。『RITUAL』はその終着地だと思う。次はシンガーやポップ・アーティストとコラボレーションして短い楽曲を作っていきたい。いままでやってきたことの正反対の方向に行くというのが面白そうだから、次はそういう感じになると思う。 ─たとえば、今作のきっかけとなった「Dreamachine」のような、音の展示や音楽を使ったインスタレーション、メディア・アートといった表現方法に挑戦したいという考えはありますか? ホプキンス:もちろんだよ。『RITUAL』においての理想としては、人々がアルバムを体験できる、常設の場所を作ることなんだ。いつでも行ける場所として存在しているというのが理想なんだ。作曲に関しても、イーノが長年やってきた、ある特定の空間のために、サウンドインスタレーションを作るというのもやってみたい。そういう展示なら、人々が歩き回って音を体験することができる。例えば、部屋のこちらの隅に行ったら、ある種類の音が聴こえたり、通路を抜けていくと、その奥からはベース音が聴こえてくるなど。そのような音の構造体の中を散策できるというアイデアに興味がある。 ─ちなみに、最近気になっているミュージシャン、クリエイター、印象に残っている作品、関心を持っているテーマなど何かありますか。 ホプキンス:ふむ、それは難しい質問だね。こういう質問をされるといつも頭の中が真っ白になってしまうんだ(笑)。僕の生活は、音楽を作るというのが大半で、最近では、このアルバムの音楽について(取材などで)話したりもしている。それ以外の時間で僕が求める娯楽には、シンプルなものや当たり障りのないものが多く、逃避感覚でやっていることが多い。制作活動をやっている時、僕は、探究心を深めていくことはしないんだ。僕が好きなことは、評判の良いレストランに行って、美味しいものを食べて、友達と時を過ごす。探究心が深まってしまうような考えから自分を切り離せるような活動をするようにしているよ。 ─今日はお時間をありがとうございました。来日を楽しみにしています! ホプキンス:こちらこそありがとう! また日本にも行きたいと思っているよ。良い一日を!
Junnosuke Amai