ジョン・ホプキンスが語る「アンビエントではない」没入型サウンド・アートの背景
「アンビエントではない」没入体験
─今作は、『Music For Psychedelic Therapy』と対を成す内省的なアンビエント・ミュージックと大別することができるかもしれません。ただし、『Music For Psychedelic Therapy』にはなかった緊迫感や高揚感が今作には強く感じられます。その理由は、アルバム中盤の「part iii - transcend / lament 」辺りから「part vi - solar goddess return」にかけて迫り出してくる、クラウトロック的なリズムやタムのパーカッシヴなビートにあり、それは『Immunity』(2014年)にあったようなダンス・ミュージック的なBPMのトラックとも異なるプリミティブで直感的な推進力でリスナーのフィジカルに作用するものです。今作の制作において、リズム/ビートのデザインがサウンド全体にもたらす効果についてどのように考えていたのか、教えてください。 ホプキンス:あのドラム・セクションは自分にとっても驚きで、そういう展開になるとは思っていなかったんだ。オリジナルのバージョンには、優しい感じのリズムしかなくて、クライマックスというものもなかった。あのサウンドになったのは、コラボレーターとの結果だったんだ。特にセブン・レイズ(7RAYS)とイシュク(Ishq)が、僕が作っていたドローン・セクションに合わせるために、あのサンプルをMPCに入れてドラムを演奏したんだ。僕たちはリモートで仕事をしていたんだけど、あのドラム・サウンドが僕の元に送られてきた時、「これは素晴らしい!」と思った。自分が作るようなドラム・サウンドとは全く違うものだったからね。こういうことは僕にとっても刺激的なことなんだ。同じようなアルバムをいつまでも作っていたくないからね。僕がまた『Immunity』のようなサウンドのアルバムを作って欲しいと思っている人たちがいまでもいるようだけど、それは僕に、「10年前の自分になってほしい」と言っているようなものだと思うんだ。それってすごく変なことだろう?『Immunity』のようなサウンドが好きなら、『Immunity』を聴けばいい(笑)。遊び心を持ちながら、次なる発見をしていく方が僕にとっては楽しいから(笑)。今回のビートの音も、いままでに聴いたことのないようなサウンドに聴こえる。とても面白いサウンドだと思う。 ─ちなみに、今回の収録曲には「part ⅰ」から「part ⅷ」まで数字が振られていますが、実際にはどういう順序で作られたのですか? ホプキンス:実際のパートというものはなくて、楽曲は1つの曲として書かれたんだ。契約上の理由から、また、ロジスティックス面での理由、そして、商業的な理由から、8つのパートに分けなくてはいけなかった。そうしないと誰も聴いてくれないからね。41分間の曲1つだったらリスナーが全くいなくなってしまう。それでは誰も幸せにならない。そこで、パートに分けることの利点を考えてみた。その利点の1つとして、1つか2つの言葉を使って、簡単なタイトルを各パートにつけることができるということがあった。パートの名前をメタファー的な物語として捉えることができるかもしれないと。つまり、音楽がどういう状態にあるのか、もしくは、リスナーとしての自分が音楽のどこにいるのかというヒントになるかもしれないと思った。でも、タイトルはあまり注目されるべき箇所ではないんだ。それから、順序を変えて聴いたり、シャッフルで聴くようなこともするべきではない。全然しっくりこないと思うからね(笑)。 ─今作をはじめ、前の2枚のアルバムとも関係した話として伺いたいのですが、そもそもあなたが、瞑想やサイケデリック体験といった神秘的で超越的な世界と音楽とのコネクション、そして音楽が人の意識や深層心理に働きかける作用やセラピー的な効果について興味や関心を持つようになったきっかけはなんだったのでしょうか。その気づきとなったエピソード、併せてアーティストや作品があったら教えてください。 ホプキンス:多くのアーティストにおいてこれは当てはまることだと思うんだけど、きっかけは、自分が若い頃に経験した、自分を形成するような体験がもとになっている。僕の場合、いま、自分が興味のあることは、ティーンエイジャーの頃に体験したことから派生している。具体的には、カンナビスを音楽に合わせて使用するということ。目を閉じた状態での体験。僕は昔よく、ベッドに横たわり、目を閉じて、カンナビスという薬の効果を実感しながら、音楽を聴き、音楽が「見える」という体験をしていた。つまり、自分が音楽というものの中に存在することができたんだ。当時、聴いていたアーティストは、オービタルやエイフェックス・ツイン、オズリック・テンタクルズ、シーフィール……素晴らしい音楽がたくさんあった。僕の体験は非常にディープなものだったから、それが種となり、自分でもその感覚を再現して、人々が聴くことのできるレコードという形にしたいという思いがあった。僕の音楽を聴いた人も、僕が体験したような感覚に近いものを感じることができたらいいなと思ったんだ。だから、自分の形成期に体験したことが、自分がいままでやってきた何年もの活動に深く根ざしていると思う。それに、自分が何年も瞑想をしてきたということが、この活動をさらに充実させている。日々の瞑想の訓練が自分の現在の活動に密接に関わっているんだ。そして、45歳というこの時点になって、僕はエレクトロニック音楽を30年余りも作り続けてきたことになる。だからやはり、自分が作るサウンドというのは、自分が過去にしてきた体験とは切り離せないものになっているね。 ─ちなみに、いま名前があがりましたが、あなたにとって重要なエイフェックス・ツインのアルバムはどれになりますか。 ホプキンス:つまらない回答になってしまうけれど、『Selected Ambient Works 85-92』だね。彼はあのアルバムの楽曲を作った時、まだとても若かったと思うんだけど、ちょうど当時にリリースされたのか、僕が初めて聴いたエイフェックス・ツインの作品だったんだ。あんなサウンドを聴いたのは初めてだったから、ものすごく深いところに届いた。いま、聴いても素晴らしいサウンドだと思う。 ─たとえば、ブライアン・イーノがアンビエント・シリーズで定義した「アンビエント・ミュージック」とは、いわゆるmuzak的な受動的な聴取を促すバックグラウンド・ミュージックとは異なり、それを聴いた人の意識や行動に能動的に働きかけるような音楽ではなかったかと思います。同じことは、今作をはじめあなたが作る「アンビエント・ミュージック」についても言えると思いますが、自身の音楽に対する考え方や姿勢に関して、過去にさまざまな機会を通じて共演や共作を重ねてきたイーノから受けた薫陶、彼の音楽からの影響ついてはどう分析されますか。 ホプキンス:ブライアンと初めて仕事をしたのは、もう22年前くらいのことになるんだけど、彼から学んだことは、自分のアプローチに対して肩の力を抜くということだった。彼は、音楽制作に対して、遊び心と喜びを持ってやっている人なんだ。とても面白い人だし。彼と作業する時は、いつも即興がベースだった。彼の場合、即興演奏していて、それが楽しく感じられなかったから、すぐに別のことに進む。そういうやり方だった。だから、彼から学んだことは、「あまり強くしがみ付かないで、ある意味、手離すこと (surrender)も必要というか、自然に生まれてくるものに身を任せる」ということだった。あまり細かく考えすぎない。僕は実際に非常に細かいサウンドを作るんだけどね。でも彼の作業方法を見て気づいたのは、彼は最初の段階ではとても早いペースで一気に何かを作り上げ、その本質的なものを捉えてから、細かい部分を調整していくということだった。ブライアンからは多くのことを学んだけれど、おそらくそれが鍵だったのではないかと思う。 ─イーノが提唱した「アンビエント・ミュージック」という概念については、どのような影響を受けていますか。 ホプキンス:僕の活動は「アンビエント・ミュージック」に関連しているとは思っていないんだよ。『Thursday Afternoon』と『Ambient 1: Music for Airports』は普段からよく聴いているし、特に好きなアルバムでもあるんだけど、自分の音楽とは異なるものだ。自分の音楽にはストーリーがあり、アルバムというよりはむしろ映画に近いもの、もしくはシンフォニーのようなものなんだ。イーノのアンビエント作品との共通点は、セクションによってはリヴァーブの使い方が似ていたり、サウンドの柔らかさといったものが挙げられるかもしれないけれど、それ自体がアンビエントの定義になるとは僕は考えていない。僕の今作と前作は、構造体(structures)というか機械のようなものであり、リスナーが入っていける場所として作られている。だから大きなスピーカーを通して聴いたり、ヘッドフォンで大音量で聴くことを意図している。静かに聴くものではないんだ。むしろ、抵抗をやめて(surrender)、深い体験に飛び込んで行くための音楽なんだ。『Music for Airports』を大音量で聴いて、座って動けないまま、その体験に圧倒されたりはしないだろう(笑)? だから僕にとって、自分の音楽はアンビエントとは違うものだという認識なんだ。 ─そんなあなたから見て、「アンビエント・ミュージック」という音楽ジャンルの歴史を変えたゲームチェンジャー的な作品をいくつか選ぶとしたら、どんなアルバムが思い浮かびますか? ホプキンス:歴史的・全般的というよりも、個人的にゲームチェンジャーだと思った作品を挙げることにするよ。僕はそこまでアンビエント・ミュージックの知識を網羅しているわけではないからね。今回のアルバムに参加しているイシュクというアーティストが作る作品は本当に素晴らしくて、僕の音楽に対する考え方を変えてくれた。1つは『Spring Light』というアルバムで、このアルバムはみんなに聴いてもらいたいね。また、エルヴ(Elve)という別名義で録音した作品があって『Emerald』というんだけど、この作品は僕がいままで聴いてきたものの中でも、並外れた音楽だと思う。彼はあまり多くの人に知られていないアーティストだけど、僕の音楽の作曲方法を変えてくれたんだ。彼は日本のラビリンスというフェスティバルに何度か出演したことがあるし、また出演するかもしれないと聞いているよ。だからラビリンスに行くことがあったら、ぜひ彼の音楽を聴きに行ってもらいたいね。