「有事の金」って、いまでも健在なの?
古代から富を象徴し、その永遠の輝きで人々を魅了してきた金。エジプトのファラオの秘宝をはじめ、宝物といえば全て黄金からはじまっているのです。宝飾品だけではなく、腐らない、錆びない、分散しても価値が下がらない金は、「金本位制」といって、通貨として流通していた時代もありました。戦争などの「有事」のときには、投資商品のひとつとして、人気の高い金ですが、現状はどうなっているのでしょう? 「有事の金」という考え方はいまでも健在なのか、そして「有事」とはいつなのかなど、最近の金事情を市場経済研究所の岡本匡房さんが解説します。
「金」は最後のよりどころ
金相場を語るときに、欠かせない言葉に「有事の金」、「ラストリゾート」があります。 「有事の金」とは革命、戦争など非常時になると金が買われるという意味。「ラストリゾート」は最後のよりどころ、という意味です。 金は少量で価値が高く、しかも換金が容易です。そこで、戦争、革命、ハイパー(超)インフレなどなど、先行き見通し難の「有事」のとき、「最後のよりどころ」として金を買う人が増え、価格が上昇することが多いからです。 とくに戦争、革命が多い欧州では「金を持って逃げ出す貴族、大富豪」が多くいました。ベトナム戦争終了後、ボートに乗って国外に脱出する人々、いわゆる「ボートピープル」の多くは金を持っていました。いま、欧州を目指す難民も金を持っている人が多いと言われています。
「有事」というのはいつ?
この「有事の金」はいまも健在です。ただ、昔とは意味が異なっています。昔は金の現物を買う人が多かったのですが、いまは先物取引が行われ、ファンド等の投機資金が売買の中心になっています。つまり、売買の主体が変わってきたのです。 ファンドの運用者は「有事の金」など信じていない人が多いようです。彼らは「有事の金を信じて買う人が多く、価格が上がろう」とみて、金を買い、その結果、相場が上がるのです。 イギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズの有名なテーゼに「美人投票の原理」というのがあります。美人コンテストで「最も美人に投票した人に賞を与える」と言われた場合、「自分が美人と思った女性に投票するのではなく、みんなが美人と思う女性に投票する」というものです。 その端的な現れが、年初の北朝鮮の水爆実験実施でしょう。この時、金は上がりませんでしたが、世界危機として、円が買われ、円高になりました。しかし北朝鮮の核の脅威が高まったとき、最も脅威を受けるのは米国ではなく日本です。円が売られてもおかしくない状況でした。それにも関わらず円が買われたのは「危機となれば円を買う人が多い。だから円を買っておこう」という「美人投票の原理」が働いたからにほかなりません。 それだけに「有事の金買い」は現在も通用するにしても「有事」の見極めは難しいものがあります。近年の中東情勢の悪化で世界は大混乱していますが、金価格はほとんど上がりませんでした。1990年、湾岸戦争の勃発したとき、これこそ「有事」と思われましたが、金も原油も下がりました。多国籍軍がイラクに侵攻するのは有事と思われましたが、「多国籍軍は十分準備しているので、戦争は早く終わる」、つまり有事ではないと投機筋がみたのです。 チャイナショックのときも「世界最大の金需要国中国の景気が後退している」などが理由になって大きく下がってもよいのに、それほどではありませんでした。「中国経済の減速は織り込み済み」、つまりすでに相場の材料として消化され、「現在の事態は有事ではない」と投機筋が見ていたからです。 また、「原油価格と金価格は同じように動く」と信じられていますが、これは誤りです。デフレになれば株も原油も下がります。だが、デフレがさらに進んで恐慌になると、株・原油は下がりますが、「銀行は信用できない」として「有事の金買い」が起こり、金は上がります。