衆院選公示:自民党の選挙公約と問われる石破カラー
問われる党内コンセンサスとリーダーシップのバランス
石破首相は、アベノミクスのうち、第1の矢、第2の矢である積極金融緩和策、積極財政政策が長期間続いたことの弊害を主張してきた。この点で、立憲民主党の野田代表も同じ意見である。しかし、そうしたアベノミクスの弊害についての言及を、石破首相は、首相就任後には封じている。 こうした石破首相のいわゆる変節については、国会の場や党首討論でも指摘されている(コラム「石破首相の言動の変化が問われた党首討論:議論は政治資金問題に集中」、2024年10月9日)。 これに対して石破首相は、「日本は専制国家でないから、首相が自ら考える政策をすべて実現できるわけではない」との主旨の説明をしている。それは正しい指摘ではあるが、一方で党内のコンセンサスの範囲内でしか政策が実現できないのであれば、誰が総裁、総理になっても同じということになってしまう。実際には党内のコンセンサスと首相のリーダーシップとのバランスが重要なのだろう。 首相には、自ら考える政策について、党内のコンセンサスが得られて直ぐに実現できる政策と、コンセンサスを早期に得ることが難しく直ぐには実現できない政策とを分けて、国民に対して丁寧に説明していくことが求められるのではないか。 衆院選での最大の争点となるのは、政治改革、政治不信問題への対応であるが、この点においても国民が首相に強く期待しているのは、党内コンセンサスに基づく施策なのではなく、首相の強いリーダーシップによって自民党を内側から大きく変えていくことではないか。石破首相が強いリーダーシップを発揮することができるかどうかは、衆院選の結果を大きく左右するだろう。
デフレ脱却と金融政策への口先介入
最後に、12日の党首討論会、13日のNHK日曜討論から、石破首相の経済政策姿勢について検証してみたい。 第1が、金融政策への対応についてだ。政権発足直後から、石破首相や関係閣僚らは、政府がデフレからの完全脱却を最優先課題に位置付けるなかで、日本銀行がその妨げになるような利上げを実施することをけん制するかのような発言をした。これは、金融市場にも大きな影響を与えたのである。 党首討論では、金融政策への言及は禁じ手である政治介入ではないか、との質問が出された。これに対して石破首相は「口先介入は厳に慎まなければならない。日本銀行に対して意見はいうが、口先介入と捉えられないよう努力していく」との主旨の発言をした。 今後、石破政権は公式の場では日本銀行の政策姿勢に直接注文を付けるような発言は控えるだろう。だだし、非公式の場での政府の発言も含めて、追加利上げに慎重な政府の姿勢に対する配慮は、日本銀行の利上げを今後も一定程度制約することになるだろう。 日本銀行は政府が掲げるデフレ克服をその使命としているのではなく、2%の物価目標の達成を使命としていることを、政府は十分に認識し、また尊重する必要があるだろう。 第2が、政府がデフレからの完全脱却が実現できたと判断される定義、条件についてだ。安倍政権は、デフレからの脱却を最優先課題に掲げ、それを実現する手段としてアベノミクスの3本の矢を示した。しかし物価上昇率が低位にあった当時と比べて、現在は、消費者物価上昇率は2%を超える状況が続いている。そうした中でも、安倍政権時代と同様に政府がデフレからの脱却を最優先課題に掲げていることに違和感を持つ国民は多いのではないか。それは時代錯誤的でもある。 こうした点を踏まえて、党首討論では、デフレからの完全脱却の条件について質問が出された。これに対して石破首相は、「個人消費が着実に上がっていくこと」をデフレ脱却の条件に挙げた。 多くの国民が、生活が改善したと実感しない限り、政府がデフレからの完全脱却を宣言することは難しいだろう。しかし、石破首相が挙げた個人消費の改善についても、その定義は曖昧なままだ。 生活実感が高まり、個人消費が明確に改善するためには、実質賃金の上昇率が高まることが必要だ。そして、実質賃金の上昇率が持続的に高まるためには、労働生産性上昇率が高まる必要がある。物価高対策の補助金、給付金、あるいは減税などの効果は一時的であり、それらでは、労働生産性上昇率の高まりを伴う持続的な実質賃金上昇率の向上は実現できない。石破政権は、労働市場改革、地方創生などの成長戦略、構造改革を通じて労働生産性と経済の潜在力向上を経済政策の最優先課題に据える必要があるだろう。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英