日本の地で何を…。Jリーグ史上最悪の悪童外国人(4)やりたい放題…。サッカー界でもトップクラスの暴れん坊
1993年の開幕から今年で32年目を迎えたJリーグにおいて、外国人の存在は特別だ。数多くの外国人選手がクラブの優勝やJ1残留のための「助っ人」としてチームを救ってきている。しかし、その中には、目に余る言動でクラブを去っていった悪童もいる。今回は、様々な問題行動でクラブの怒りを買った選手を紹介する。
FW:エジムンド(元ブラジル代表) 生年月日:1971年4月2日 在籍クラブ:東京ヴェルディ、浦和レッズ 在籍期間:2001年~2003年 J1リーグ通算成績:31試合18ゴール0アシスト 1992年にブラジル代表初出場を果たしたエジムンドは、代表やクラブでベベット、リバウド、ロマーリオなど、当時のサッカー界を彩ったスターたちと2トップを形成するような選手だった。その野性的なプレーから、同選手には「野獣」という愛称が付けられた。 しかし、その愛称はエジムンドのもう一つの性質を含むものだった。 途中交代に納得できず監督に暴言を吐き、イタリアのフィオレンティーナ在籍時には、優勝争いの最中、リオのカーニバルに参加するためチームを離脱するなどやりたい放題。飲酒運転中の死亡事故も引き起こしており、破天荒の一言で片づけられない選手だ。 そんなエジムンドがJリーグにやってきたのは2001年10月のことだ。当時J2降格の危機に陥っていた東京ヴェルディにフリー移籍で加入すると、5試合で2ゴールを挙げJ1残留に貢献。翌年は2ndステージで14試合12ゴールの大活躍で実力を見せつけた。 この活躍もあり、2003年には浦和レッズに当時のJリーグ最高額で移籍することになったが、当時の監督であるハンス・オフトと練習法について対立。エジムンドは反発し続け、シーズン前にも関わらずブラジルへ帰国してしまった。 同選手はその後、ヴァスコ・ダ・ガマやフルミネンセで活躍したのち、2009年に現役を引退している。
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