中谷美紀さん「"手放す”が人生の指標に」NY公演で学んだ大切なこと、夫のショックな一言も
日本人俳優として海外で演じる意味
今回のニューヨーク公演は、2011年のカナダ・モントリオールでの初演から、2016年の日本での再演を経て、約7年ぶりとなる3度目。中谷さんは、日本人として、日本の作品を再び海外で演じるにあたり、確固たる意志を秘めて挑んだといいます。 「今は訪日ブームで、諸外国から大勢の方が日本においでくださっていますけれど、いまだに日本人というのは意志や表情がなく従順で、とりわけ女性は3歩下がって後ろからついてくるというイメージといいますか、ある種の幻想も抱いていらっしゃいます。でも、私たち日本女性は決して意思がないのではなく、心の中に確固たるものを秘めています。作品の中の3人の女性たち、三杉穣介の妻・みどり、愛人の彩子、愛人の娘・薔子(しょうこ)はまさにそうですし、私自身もそうです。言葉や物腰が柔らかいからといって、ただのいい人だとは思わないでください。私たち日本女性は“マダム・バタフライとは違うのですよ”ということを、作品を通してお伝えしたかったというのはあります」
何かをするよりも、何かをすることをやめる。人生を変える「アレクサンダー・テクニーク」
「バリシニコフさんもおっしゃっていましたけれど、完璧なパフォーマンスなどなく、うまくいくこともあれば、うまくいかないときもある。それがライブパフォーマンスだと。お客さまとともに生み出した一期一会の空間の、煌めく瞬間の刹那を、5分でも3秒でも1秒でも味わい、大切に受け入れることが大事だと気づかされました。ゴールにとらわれるのではなく、過程を受け入れること。そして『手放す』ということも学んだ気がします。それは、今回役作りのために初めて用いたアレクサンダー・テクニークから得た気付きでもありました」 アレクサンダー・テクニークは、姿勢や呼吸法などを用いた身体の使い方を習得するメソッド。ほぼ毎日指導者に来てもらってセッションを重ね、その施術が演者として舞台に立つことを大いに助けてくれただけでなく、人生の指標も与えてくれたといいます。 「何かをするよりも、何かをすることをやめる。それで得られるものはとても大きい。『Non doing(何もしない)』、『Let it go(手放す)』、『Allow one's self(自分へ許す)』。これはアレクサンダー・テクニークの基本となる考え方ですが、私たち日本人が折りに触れて聞いてきた『愛着と執着を手放す』という仏教思想にとても近いものです。これまでも自分の人生の節目節目で学んできたはずでしたが、つい忙しい日々に忙殺されて忘れてしまいがちだったことを、改めて思い起こさせていただきました。結局、すべての川は大海に注ぐといいますが、方法は異なれど、人が最終的に辿り着くのは同じ場所なのではないかと思わせられましたね」 今回の舞台を通じて「手放す」という境地に達したいま、中谷さんは、これからの人生をどのように見据え、どんな未来を描いているのでしょうか。 「アレクサンダー・テクニークを通じて気付かされたことですけれども、私が本当に求めているのは、家族とともに過ごす、かけがえのない何でもない日常。それを大切にしたいのです。それこそ、お天気がいいだけで幸せを感じます。そして、芸術のそばにいられることが何よりの幸せ。自分がことさら表現しなくても、身近に美術館やギャラリーがあり、絵画やオペラや音楽を自由に鑑賞できる環境に身を置くことができれば、それだけで満たされた気持ちになるのです。 いまは生活の拠点がオーストリアにあり、延べにして一年の約半分を過ごしています。オーストリアは芸術や文化の都ですから、とても恵まれた環境にいられることを心から感謝しています。目下の夢は、お庭の一角に小さな菜園をつくり、趣味程度にですけれど、少しでも自分で食べるものを育てることです。今回の公演は本当に大変でしたので、いまのところ次の舞台のことは考えていません。『Non doing』を学びましたので(笑)」 <写真>相変わらず透き通るような美肌の秘訣を尋ねると、「私の健康の根幹をなしているのは、10年以上お砂糖をとっていないことです。じゃがいもや白米もとりません。やはり基本は食生活。最近、もやしのおいしさにはまっています(笑)」 なかたにみき●1976年東京都生まれ。俳優・歌手。2011年『猟銃』で第46回紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞優秀女優賞を受賞するなど定評ある演技力で映画・テレビ・舞台で活躍中。著書に『オーストリア滞在記』など。自身のインスタグラムでは出演情報ほか、オーストリアでの暮らしも発信している。 撮影=伊藤彰紀 スタイリスト=岡部美穂 ヘアメイク=下田英里 取材・文=和田紀子 編集=吉岡尚美(婦人画報編集部)