日本人犯罪集団はまだ存在する…【潜入ルポ】フィリピンで「第二のルフィグループ」が蠢いている
その一角は有刺鉄線が張り巡らされた、高さ15mほどの白い壁で囲われている。鉄扉が閉ざされた正面ゲートでは、職員たちがスナックをつまみながら談笑し、南国特有の穏やかな空気が流れていた。そのうちの一人に来意を告げ、所定の用紙に必要事項を書き込んでしばらく待った。間もなく鉄扉が開き、白いTシャツに短パン姿の、若い日本人男性が現れた。華奢(きゃしゃ)な身体をしているが、その両腕には、手の甲まで刺青が彫り込まれている。 【画像】この国のどこかに「第二のルフィ」が……闇を知る男と現地写真…! 「Kさんですか?」 「はい、そうです」 男性はそう言って頷(うなず)くと、怪訝(けげん)な表情を浮かべた。無理もないだろう。私との対面は初めてなのだから。 ここはフィリピンの首都マニラの中心部から南に車で約1時間走った広大な敷地に建つ、『入国管理局ビクタン収容施設』である。日本人や中国人、韓国人など、フィリピンの入国管理法に触れた外国人約200人が収容されている。強い日差しが照りつける1月下旬、私はK容疑者(28)に会うために同施設を訪れていた。 この施設に収容されていた日本人グループが「ルフィ」などを名乗り、スマホを使って闇バイトを募集。昨年1月下旬、日本国内でさまざまな凶悪犯罪を起こしていた事態が発覚した。高齢女性の命まで奪われるという衝撃的なニュースに、日本社会は騒然となった。 事件に関与したとしてこれまでに逮捕、起訴されたのは、グループトップの渡邉優樹(39)、幹部の今村磨人(きよと)(39)、藤田聖也(39)、小島智信(46)各被告の4人をはじめ、若者を中心とした男女数十人に上る。だが、あれから1年、事件はいまだ解決していなかった――。 収容施設を訪れる約3週間前、私は東京都内のカラオケボックスで、元暴力団員という中年男性F氏に会っていた。 「今もまだ日本人9人ぐらいがフィリピンに残って、特殊詐欺をやっています」 そう明かしたF氏はかつて、入管施設に4年ほど収容されていた。″ルフィ″こと今村たち幹部が収容された時期とも重なっていた。特殊詐欺には加担していなかったが、別の犯罪に関与したとして拘束され、’22年秋、日本へ強制送還されていた。そんなF氏が発した言葉に驚きを隠せなかったが、フィリピンの裏社会を長年取材してきた私にとっては、さもありなんという感想も同時に抱いた。やはり「第二のルフィ」はいたのだ。 いったい、どんな奴らがまだフィリピンで特殊詐欺をはたらいているのか……。 F氏はスマホに保存された、1枚の写真を指し示した。日本人男性の顔が写ったパスポートだ。 「こいつは今もフィリピンにいますよ」 男は20代後半で本籍は愛知県。’18年10月に5年用のパスポートを発行されていた。このF氏の情報を、フィリピン入国管理局の幹部に当てると、たしかに男は特殊詐欺グループの一人として日本から逮捕状が出され、現在もフィリピンに潜伏しており、同局の強制送還対象リストに載っていた。リストには愛知県出身の男のほかに日本人と思われる15人の名前も列挙されていた。最年少は22歳で最高齢は54歳。20代が半数近くを占め、やはり若者が中心だ。そのうちの一人が冒頭に登場したKだったのだ。 しかもKは昨年末に入管の捜査員に拘束され、収容施設に入っていることもわかった。ならば面会が実現すれば、第二のルフィについて何か手掛かりを得られるかもしれない。こうして私はフィリピンへ飛ぶことになった。 ◆「今も特殊詐欺をやってる」 Kとの面会時間は一回につき5~10分程度と極めて短かった。ルフィ事件以降、面会についての入管側の規制が厳しくなったためだ。面会初日はKの表情は硬く、会話はぎこちなかったが、回を重ねるごとに少しずつ打ち解けてきた。 Kがフィリピンへ来たのは’19年10月下旬。犯行グループは複数に分かれており、Kは渡邉の下で″かけ子″をやることになった。グループを抜けたのは2年ほど前だという。以来、摘発を免れるために同国内で居場所を変えながら、マニラのビジネス街マカティ付近のコンドミニアムで静かに暮らしていた。生活の糧(かて)はどうしていたのか。Kが語る。 「組織を抜ける前後でビットコインを買い、それがコロナを機に価値が上がったので現金化しました。だからお金はけっこうありました。僕はそんな贅沢(ぜいたく)をしませんので、困窮するとかはなかったです」 異国の地で身を隠すような生活。次第に日本への帰国を考えるようになったが、報道でルフィの一件を知る。 「あんなに大きな事件がこの施設の中で起きているのかと驚きました。渡邉たちからは、フィリピン人を使って拳銃で脅(おど)されたこともありましたので、一緒にいたくないなと。だから彼らが強制送還された後、自ら入国管理局に出向きました。日本に帰って刑を受けないと何も進まないので」 Kは昨年12月14日、同局本部で滞在期間の延長を申請した際に拘束された。その直前まで、仲間の一人と連絡を取り合っていたというが、お互いどこにいるかは知らせず、近況だけ報告していた。彼らははたして、今も特殊詐欺をやっているのか。Kはずばり言った。 「やっていると思います。みんな散り散りになっているはずですが、彼らは基本的に仕事がないので生活できない。だからまだ(特殊詐欺を)続けているか、彼女がいれば家に住み着いているとか。でも僕はやっている可能性のほうが高いと思います。かけ子は最低二人いればできますから。あとはお金をフィリピンへ持ってくる人間が一人と、全部で3~4人必要なだけです」 Kを含むかけ子たちの入国は、ビザのないケースが大半だ。滞在期間は30日なので、それを超える場合には期間の延長をしなければならない。しかし彼らは強制送還のリストに載っているため、延長手続きに入れば即刻、拘束される。だから逃亡を続けたければ不法滞在するしかなく、それでは正規の仕事には就けない。親族や友人からの援助がなければ、経済的に厳しい「困窮邦人」になる可能性がある。それを避けるために引き続き詐欺に手を染めてしまうのかもしれない。 Kは直前まで連絡を取っていた仲間一人を含め、残党たちとの消息は途絶えている。収容施設の規則が厳しくなってスマホを使えないからだ。Kを通じて奴らの正体をつかもうという私の試みが、早くも閉ざされてしまった。 だが、彼らは今もこの国のどこかに潜んでいる。ルフィの残党が野放しにされている現状について、入管の幹部もお手上げのようだった。 「彼らの居場所は把握していない。組織を抜けてバラバラになっているという証言もあるので、探し出すのは難しい。そのうち自首するなり、滞在期間の延長時に拘束されるだろう。それよりも今、我々が追跡しているのは『JPドラゴン』と呼ばれる不良邦人の組織だ。特殊詐欺のグループと繋がっているようだ」 ◆現地に根付く”闇の存在” JPドラゴンが暗躍し始めた時期は不明だが、リーダーはR(53)という徳島県出身の男性である。このほか福岡県出身のY(54)、北海道出身のT(49)が幹部で、そのほかにも数名いるとみられる。とくにRは20年以上も前から、一部の邦人社会では悪名高き″闇の存在″として知られていた。そんな彼らが、どのようにルフィ一味と繋がっているのか。入管の幹部が説明する。 「JPドラゴンのリーダーはフィリピンに長く滞在しており、マネーロンダリングや闘鶏ビジネスに手を染めていると言われる。だから特殊詐欺に必要な送金のやり方を教えたり、摘発を免れるよう保護したりでルフィ一味を手助けしている可能性はあるだろう」 ルフィ一味と緊密な関係にある組織が、フィリピンの裏社会に詳しいRを中心とするJPドラゴンということだろう。 日本の捜査当局の資料によると、昨年4月半ば、埼玉・蕨(わらび)市に住む89歳の日本人男性が4枚のキャッシュカードをすり替えられる被害に遭った。容疑者の一人はフィリピンからこの被害者に電話を掛け、警察官のフリをした別の容疑者を被害者宅へ送り込んだ。そして「セキュリティーのため」などと持ちかけ、カード4枚をすり替えたとされる。この事件にRらJPドラゴンの幹部3人、そしてルフィの一味ら10人以上が関与していたのだ。 トップに君臨するとみられるRだが、潜伏先は不明だ。ビジネス街マカティの中心部にある高層ビルに居を構えているとの情報もあるが、判然としない。入管の幹部が語気を強めて言った。 「リーダーのRが拠点にしているという高級コンドミニアムを捜査したが、見つけられなかった。彼は警察などフィリピン側の捜査当局とも裏で繋がっているため、我々も迂闊(うかつ)には手を出せないという事情もある」 ◆眼光鋭い幹部の弁解 追跡捜査が難航する中、JPドラゴン幹部の一人、Tが1月下旬、警察に拘束されたという情報が舞い込んできた。 その身柄は、フィリピン国家警察本部に確保されていた。容疑は詐欺。担当の捜査官が詳細を説明した。 「フィリピン人起業家がT容疑者の投資詐欺に遭い、告訴した。それを受けて我々は囮(おとり)捜査を行い、Tが日本料理店にいたところを拘束した。日本からも逮捕状が出ているため、入管の収容施設に移送する予定だ」 その場でTに面会を申し込んだが、拒否された。後日、Tが入管収容施設へ移送されたのを確認したうえで、私は足を運び、面会直撃した。 鉄扉の前に現れたその男はでっぷりと太った体型で、青いTシャツに短パン、サンダルといった出で立ちだったが、私を見据える眼光がとてつもなく鋭かった。目だけが笑っていない。不気味な表情だ。最初は警戒していたようだが、「いいよ、話すよ」と言って取材に応じた。 私は開口一番、「JPドラゴンに所属しているのか」と尋ねると、Tは両手を左右に振る仕草をした。 「違う違う。テレビやユーチューブで流れている内容はまったくの嘘だから」 そう言ったTだが、渡邉や今村とのつながりがあることは認めた。 「あいつらは北海道出身で、すすきのでクラブやお店をやっていた。俺も北海道だからもともと知っていました。で、フィリピンに来てから渡邉とたまたま会うことになり、10万円の送金をお願いしたら、渡邉が悪い奴らに振り込んだんです」 話は要領を得ないが、渡邉とは日本への送金を巡ってトラブったようだ。今村との関係については、こう説明した。 「俺も日本でヤクザとのつながりはいっぱいあるんで、フィリピンにいる今村には何かあったら俺に何でも言えよって伝えていました」 Tは昨年2月、広島弁護士会に所属する弁護士の加島康介被告(詐欺罪で上告中)を通じ、警視庁原宿署に勾留中の今村とビデオ通話をした張本人だ。その際、今村に「余計なことは話すな」と口止めしたとされるが、Tはこう弁解した。 「俺たちのことを言うなとか隠蔽(いんぺい)を図ろうとしたわけではない。今村には『やったことは仕方がないんだから、素直に罪と認めないと話にならないだろ』と伝えました。そしたらあいつは『わかった』と言ったんです」 これらの関係性から浮かび上がるのは、Tが渡邉や今村の親分的な存在だということだ。前述した、埼玉県の89歳男性のキャッシュカードすり替え事件の容疑者にTの名前も挙がっているが、あきれたように否定した。 「何もないですよ。俺の名前が有名なんで、今まで捕まった奴らがそういうこと言ったんでしょう。たしかに渡邉や今村は知っていますが、特殊詐欺なんて俺がやるわけない」 この発言の真偽は、いずれ日本ではっきりするだろう。Tはフィリピンで詐欺の容疑をかけられているため、それが片付いてから強制送還される見通し。だが、黒幕を始め、まだ他の幹部たちがこの国には蠢(うごめ)いている。奴らが撲滅されない限り、逮捕されてはまた別のルフィが現れ……といった、トカゲの尻尾切りが続くだろう。その背後には、カネの力に物を言わせ、フィリピンの法の網の目を潜り抜ける歪な現実も存在する。不良邦人たちがこの国を利用したそんな不条理が、許されていいはずがない。 「彼らはまだやってます。50人ぐらいいますね。場所もよくわかってますがそれは言えません。俺のネタなんで」 そう語るTは、白い歯を見せて不敵な笑みを浮かべた。(文中一部呼称略) 水谷竹秀/’75年、三重県生まれ。『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』。ウクライナ戦争など世界各地で取材活動を行う 『FRIDAY』2024年2月23日号より 取材・文:水谷竹秀(ノンフィクション作家)
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