「あいつを呪い殺してやる」…人類が生み出した最恐のまじない「呪術」はこうして生まれた
「人類学」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろう。聞いたことはあるけれど何をやっているのかわからない、という人も多いのではないだろうか。『はじめての人類学』では、この学問が生まれて100年の歴史を一掴みにできる「人類学のツボ」を紹介している。 【画像】なぜ人類は「近親相姦」を固く禁じているのか ※本記事は奥野克巳『はじめての人類学』から抜粋・編集したものです。
『地獄の黙示録』、ふたたび
人類学の発展に多大な影響を与えたひとりに、フレイザーという人物がいます。彼の著作として有名なものは、なんといっても『金枝篇』です。内容は知らなくても、この本のタイトルだけは聞いたことがある、という人は多いのではないでしょうか。『金枝篇』は1890年から1936年にかけて公刊された、十三巻からなる労大作です。 『金枝篇』は、古代ローマのネミ湖のほとりにある神聖な森の祭司であり王である人物が、前任者を殺すことによってその地位を継承するという伝説を解明することから始まります。その後、この「王殺し」の解釈を拡大し発展させて、世界各地の厖大な資料を渉猟していったのです。 みなさんは1979年に公開された、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』という映画を観たことがあるでしょうか。ベトナム戦争時に米軍の指揮下を離れ、カンボジアに王国を築いたカーツ大佐の殺害の命を受けて、ウィラード大尉が洞窟に住むカーツを訪ねます。そのシーンで、何気なく『金枝篇』が置かれているのです。その映画では、王を殺害したウィラードを国民が「新たな王」として迎える演出がなされます。『地獄の黙示録』のひとつのテーマは「王殺し」だからです。
「呪い」の原点
「王殺し」に加えて、『金枝篇』には、もうひとつの重要なテーマがあります。それは呪術です。 フレイザーは呪術を2つの型に分類しています。ひとつは「類感呪術」です。これは呪術の対象と似たものを持ってきて、操作を加えるというものです。「似たものは似たものを生み出す」という考えに基づいた呪術です。たとえば、火を焚いて黒い煙を出すことで雨雲を発生させ、雨を降らせる「雨乞いの呪術」があります。なぜ黒い煙を意図的に出そうとするかといえば、それが雨雲の色と似ているからです。このように、類感呪術には似たものを持ってきて、それを操作し目的を達成するという考え方が潜んでいます。 もうひとつは、「感染呪術」です。これは呪術の対象となるものの一部であったり、呪術の対象となる人が触ったり使ったりしていたものを用いて、呪いをかけるものです。対象の一部や対象が触ったり使ったりしていたものは、その人物から切り離された後にも、元の持ち主に効果を及ぼすと考えられます。たとえば、呪いをかけたい人の髪の毛や爪、あるいは衣服などがこれに当たります。抜け落ちた髪や、爪を切った後の爪カス、脱ぎ捨てた衣服などを拾ってきて、これに呪文を唱えると、当の人物は怪我をしたり、病気になったりするのです。 フレイザーは呪術を類型別に整理しながら、人間は呪術によって様々な現象を統御し、支配することができるのだと考えました。それは科学とも似ていますが、本質的に異なります。科学が合理的な因果関係に根ざしているのに対し、呪術は誤った因果律に基づいているからです。フレイザーは、人間は呪術から宗教へ、そして科学へと至るという説を唱えました。これもモーガンと同じく、進化主義的な考え方ですね。 さらに連載記事〈なぜ人類は「近親相姦」を固く禁じているのか…ひとりの天才学者が考えついた「納得の理由」〉では、人類学の「ここだけ押さえておけばいい」という超重要ポイントを紹介しています。
奥野 克巳