舞台の「プロンプター」、本の「校閲者」…女優・南沢奈央をたぎらせる“名もなきプロフェッショナル”たち
本の世界にも、表に名が出る著者を支える“名裏方”が多くいる。編集者、デザイナー、大きく言えば出版社……。だが、本のエンドロールである巻末の奥付にすら、なかなか名前が載らない存在がいる。 それが、校閲だ。 校閲とは、……と説明しようとしてみたが、こいしゆうかさんのコミック『くらべて、けみして 校閲部の九重さん』を読んだあとでは、尊敬と感謝とが溢れ、一言では言い表せないことに気づく。「言葉や表現そのものの正確さ、的確さを見分ける」以上のことをやってくださっている気がするのだ。 本を出すときだけにかかわらず、何か原稿を書くたびに、わたしも大変お世話になっている。原稿が上がった時点で確認してくださり、些細な誤字脱字はもちろんのこと、前後の辻褄が合っているか、この表現で伝わるのか、事実と合っているかなど、細部にわたり、より良いものにするための指摘をくださる。 本書を読んでおどろいたのは、小説のようなフィクションでも、設定年月が分かる場合は、天気や月の満ち欠けまで調べるのだということ。そして実際と異なれば、指摘する。また、登場人物の性格や特徴の描写が、作品を通して矛盾がないかを確認するのは基本だとか……。作家さんが執筆する際にやるようにノートにまとめる校閲の方もいるようで、頭が下がる。 だが時に、あえて指摘しないこともあるとか。たとえば、作家さんが辞書にも載っていない言葉を使われたとき。必ずしもそれが誤りだと判断するのではなくて、何か思いがあってこの表現を使っているのではないかと、「著者の意図を広くとらえる」という柔軟性も必要だという。 本書は新潮社の校閲部をモデルにしていて、実在のレジェンド校閲の方も登場する。ストーリーのなかに、名作家さんとの実際にあった逸話も散りばめられていて、本好きにはたまらない。また、一話一話の合間に、〈校閲部の現場から〉というコーナーがあり、現役校閲部の方によるコラムもある。陰の立役者であるのに名前も載らない裏方のみなさんの、さらに裏話を知ることができて、未知の世界を覗き見している気分だった。 読み終えたときには、書き手としても読み手としても、校閲の方の存在がわたしのなかで大きくなったのは確かである。
裏方のみなさんの情熱に支えられ、押し上げられ、表でさらに大きなエネルギーを発することができる。 感謝しているだけではだめだ。応えなくては。超えなくては。 早く舞台に上がりたい。こんなふうに滾るのは人生で初めてかもしれない。
新潮社