初の女性職人が誕生、消えゆく神戸名物「野球カステラ」を救え!
神戸名産の瓦煎餅屋が、大正時代に野球の普及にともない焼き始めた「野球カステラ」を知っていますか? グローブやバット、ボール、キャップなどの形が愛らしい素朴な味のカステラは、レトロさもあって近年再注目されている。ところが職人がどんどん減り、現在は神戸市内10店舗でしか販売されておらず、消滅の危機に。そして今、そんな野球カステラを焼く初の女性職人が誕生しようとしている。 【写真】素朴でかわいらしい「野球カステラ」は300円 ■ 女性の煎餅職人はハードルが高い? 阪急・春日野道駅から徒歩3分の場所にある「手焼き煎餅 おおたに」(神戸市中央区)で修行をしているのは、和田絵三子さん。店主の大谷芳弘さんから、週に1~2度焼き方を教わって1年ほどが経つ。 「子どもの頃から食べていたカステラを、自分で焼けたらめっちゃいいやん。面白そうだしやってみたいなと思ったのがいちばん。あと、子育てしているので、子どもとの時間を取りたいと思った」ことが職人を志した理由だと話す。 姉が大谷さんと知り合いで、そのころすでに女性が修行していたことから「やってみたい」と伝えると、「遊びにおいで」と言ってもらえたことから修行がスタートした。 後継者不足で数を減らす煎餅屋のなかでも、手焼きを守る店はさらに数少ない。それでも職人の世界は厳しく、やってみたいと言っても受け入れてくれるお店はないと言う。「おおたに」が和田さんを受け入れたのは、大谷さんの経歴によるところも大きい。 実は大谷さんは、祖父が始めた煎餅屋を継ぐつもりはなく会社員をしていた。祖父と父が亡くなり店を閉めるつもりが、母の頼みで仕事をしながら独学で煎餅を焼くようになった経緯から柔軟な考えができるようだ。 通常はロスが出ることを避けるために、弟子にはなかなか焼いてみるチャンスがない。ところが「師匠は『焼かないと上手くならない。失敗してもいいから焼いてみたらいい』とやさしいことを言ってくれるから、甘えてやってます」と和田さん。 さらに師匠はやさしいだけでなく、手先が器用でDIYも得意。通常はあぐらをかいて2キロ以上もある焼き型を火にかけて焼く。持ち上げて生地を流し入れる動作は、女性があぐらでするのは難しい力仕事で、バランスを崩せば大火傷にもつながる。 そのため師匠は焼き場を1段上げて、足を入れて座れるようにした。おかげでしっかり座って足に力を入れることができる。ほかにも、焼けた熱いカステラを型からはずすために爪を伸ばす職人が多いが、爪が真っ黒になりボロボロになってしまうため、師匠は弟子に爪の代わりになる金属を用意してくれた。和田さんも「ありがたい」と感謝の気持ちを素直に口にする。 ■ 独立して煎餅屋「えみり堂」をオープン予定 こうして2人目の女性手焼き煎餅職人が誕生することになった。最初の弟子は高知で煎餅屋を営むが野球カステラは焼いていないので、野球カステラを焼く女性職人は初だ。和田さんは、野球カステラのほか、瓦煎餅も焼いて師匠と同じような商品ラインアップにするつもりでいるという。 そんな和田さんの開業資金として大きくのしかかるのが、焼き型。同じ焼き型を4~5丁用意して、火の上で転がしながら焼くが、新品の焼き型は4丁で40万円ほどになるそうだ。300円ほどの野球カステラを売るのにその価格では、30年続けたとしても割に合わない。 そんな和田さんに手を差し伸べるのが、野球カステラの魅力を広め、次世代の職人をサポートする活動をしている「野球カステラプロジェクト」。活動のひとつとして、お店をたたむ煎餅屋から型を譲り受けてストックし、新しく煎餅屋をやりたい人に貸し出す「焼き型バンク」を立ち上げている。和田さんも足りない型をここで借りることで、お店をオープンすることができると言う。 「手焼き煎餅 えみり堂」を2024年2月に兵庫区にオープンするために、開店の準備をしながら和田さんは現在も修行に励む。一緒に野球カステラを食べて育った姉と、二人三脚でお店を切り盛りする予定だ。 「手焼き煎餅 おおたに」は1月4日から営業。営業時間は朝10時~夕方5時(月・火曜定休)。 取材・文・写真/太田浩子