里中満智子「漫画は歴史や人間社会を学ぶための最高のバイブル。20代の頃は『アリエスの乙女たち』など連載8本を抱え、月700ページ描いて」
漫画のいいところは、物語に入り込みやすいことです。キャラクターの表情や仕草からストーリーを読み進めていく。まるで自分が物語に参加しているかのよう。しかも、主人公の敵役の内面でさえ、読者は読むことで理解できる。 『鉄腕アトム』でも、博士に言われるままに闘ってきた敵方のロボットが、博士の野望を知って悩むシーンがあります。私はその姿にぐっと感情移入していました。 でも日本人は、難解なもののほうが芸術として優れていると思いがちでしょう? 漫画は絵で展開され、内容が誰にでもわかりやすいというだけで、低俗だと大人たちは判断するわけです。読んだこともないのに決めつけるなんて横暴ですよね。 漫画は歴史の流れや人間社会のありようを学ぶための最高のバイブルなのに。このままでは大人たちによって漫画が滅ぼされてしまう。子どもながらに社会正義に燃える私は、漫画を守りたいと考えるようになりました。 学校では「女の人も働く時代だ」と言われた世代です。でも、当時女性が就ける仕事は限られていて、教師や看護師、薬剤師などしかない。将来のことを考えた時に、浮かんできたのが漫画家でした。 絵を描くのは得意だし、男性でも女性でも通じるようなペンネームにすれば、男女の枠を超えて、活躍できるのではないか――。
ところが、中学校の進路指導の先生に「漫画家になりたい」と伝えたら「お前、大丈夫か?」と呆れられ、母に至っては、漫画家になる娘に出す学費はない、交通費も出さない、とカンカン。聞こえよがしに、「お父さん、満智子はもう産まなかった子だと思いましょう」なんて言っていましたね。 そんな言葉にもめげず、手引書を参考に、見よう見まねで漫画を描き始めました。高校は歩いて通える公立高校へ進学し、バイトをしながら紙やペン、投稿用の切手を買うお金を稼いで。 ある時、講談社の新人賞に応募したところ、私の「ピアの肖像」が入選。高校生でデビューすることになりました。ペンネームを考えるひまもなかったため、字面に柔らかさのない本名で描き続けることになってしまったのが残念です。(笑) あんなに反対していた母は、デビューが決まると、手のひらを返して応援してくれるようになりました。「どうせなら、一流になれ!」と。何でもそうなんですよ。勉強も一番でなきゃ駄目。娘のことなのに負けず嫌いなんですね。 私で懲りたのか、妹には甘くて。だから、ご近所さんは皆、母のことを継母だと思っていたそうです。(笑) (構成=丸山あかね、撮影=大河内禎)
里中満智子