『ロード・オブ・ザ・リング』になければいけないものとは? 正統なる新作を手掛けた神山健治監督が語るシリーズの矜持
ファンタジー映画のスタンダードを変えてしまったピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ。J.R.R.トールキンの『指輪物語』を原作どおり3部作として製作し、よりリアルな映像、大人っぽい物語と世界観で世界中を熱狂させたのだ。 【全ての画像】神山健治監督インタビューの模様ほか その興奮から23年。今度は同じ世界観をもつ正統派のスピンオフにして前日譚が、日本のクリエーターによって作られた。『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』だ。何とフォーマットは日本が世界に誇るサブカルチャー、“アニメ”なのである。 監督は『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(02) や『東のエデン』(09) などで人気の高い神山健治。彼の下、日本の最強&最高のアニメーターたちが集結し、これまで映像では触れられなかった物語を語ってくれる。トリロジーの時代から遡ることおよそ200年、シリーズ第2作目『二つの塔』から登場した人間の国、ローハン王国を統べていた伝説の王、ヘルムとその娘ヘラの国と民を守るための戦いを描いている。今回は、本作を成功に導いた神山監督に制作の舞台裏を語ってもらった。 ――『ロード・オブ・ザ・リング』(以下『LOTR』)シリーズの初のアニメ映画の監督に選ばれてどんな感想を? 神山 とても誇らしいですね。ピーター(・ジャクソン)の『LOTR』は僕に大きな影響を与えた大好きなシリーズですから。それに僕はアニメの監督はサービス業だと考えていて、個人的には“監督”という競技をやっている感覚もある。人知れずメジャーに行ったような気分でしょうか(笑)。 ――冒頭の俯瞰映像は『二つの塔』を想起させてシリーズファンは思わず大コーフンしてしまいます。その他にいろんなシーンやエピソードが、とりわけ『二つの塔』を連想させます。そういった世界観を共有する上で苦労したことはありましたか。 神山 設定を共有することで、フランチャイズとして仲間に入れてもらえたんだという嬉しさと同時に、設定を借りる以上3部作のファンにも喜んでもらえるようにしないと、という難しさはありました。たとえばホンブルグ(角笛)城。『二つの塔』では城壁の一部が壊れているので、その200年前に当たる本作では、大わしがヘルム王の甲冑を運ぶときに壊したということにしたんです。同じく『二つの塔』の攻防戦(角笛城の合戦)でウルク=ハイに爆弾を仕掛けられた水路の穴は本作ではもう少し高くしている。ダムみたいになっているはずだから200年間で徐々に土砂が堆積して『二つの塔』の水路の高さになったと考えたからです。それ以外にもローハンの街並みやメドゥーセルドも実写版では映らなかったところを出したり、200年前と『二つの塔』のときとでの差異を入れています。 ――『LOTR』を継承するためには世界観の共有だけではなくスピリットも重要だったはずですが、それは何だと思いましたか。 神山 ピーター(・ジャクソン)の『LOTR』ではホビットのフロドが“指輪”を捨てるために命を削りますよね。指輪に関わった多くの人々がその魔力に魅入られ、フロドも同じように魅入られるんですが、“旅の仲間” たちの助けを借りて、最後は我が身を顧みず使命を全うし世界を救う。僕はそこに、絶対になくしてはいけない道徳感や規範があるんじゃないかと考えました。それと同じ要素がどこかにないと『LOTR』シリーズにはならないということです。 ヘルム王もそれを持っていたに違いないんですが、自分の力を過信したせいで踏み外してしまった。だけど、女性ゆえに王位を継げない娘のヘラがそれを持っていてくれた……僕が“指輪”から継承した部分です。王の意志を継いだ娘は最後に何をするのか? もちろん民を助ける。それはフロドが身を呈して指輪を捨てたことと同じ。『LOTR』シリーズであるならば、主人公は同じ矜持を持っていなければいけないということです。そしてまた、小さなホビット族の青年と、非力と言われた女性。主人公にもちゃんと共通点があるんです。 ――フロドに旅の仲間がいたように、神山さんにも素晴らしい仲間がいて本作が生まれました。総作監(作画監督)の高須美野子さんや美術の山子泰弘さんは『LOTR』の旅の仲間では誰に当たりますか? ご自分は誰だと思いますか? 神山 うーん、どうだろう? 高須さんはアラゴルン、山子さんはレゴラスかなあ。僕は……その答えは難しすぎますよ(笑)。 ――私たちは神山さんが、みんなを導いてくれた白の魔法使い、ガンダルフだと思ったんですがいかがでしょう? 神山 それは大変光栄ですが……。トリロジーでいうとそうなるのかもしれないですが、制作中、自分はヘルム王だと思いながら仕事していました。厳しい監督だったので(笑)。最後の作業だった(ニュージーランドの)パークロードスタジオの音響スタッフたちに「本当にこれは冒険の旅だったね」と言われるくらい大変でした。