『ロード・オブ・ザ・リング』になければいけないものとは? 正統なる新作を手掛けた神山健治監督が語るシリーズの矜持
★以下は物語のネタバレがあります。作品未見の方はご注意ください。 さて、今回の物語は、トールキンが『指輪物語』では書けなかったエピソードなどをまとめた『指輪物語 追補編』に登場するローハン国の王、“槌手王”と呼ばれたヘルム王とその3人の子どもたちのドラマ。原作ではわずか数ページに過ぎず、しかも今回の主人公の王の娘ヘラは名前すら記されてない。そんな彼女に名前を与え命を吹き込んで主人公に生まれ変わらせたのはフィリッパ・ボウエン。ピーター・ジャクソンらとともに『LOTR』トリロジーの脚本を書きあげた才人だ。優れた脚本家でもある神山が密接にコラボレーションしたのも彼女で、ふたりのキャッチボールから今回の物語が生まれたと言ってもいい。 ――フィリッパ・ボウエンとかなり深いミーティングを重ねたと聞いています。神山さんの意見やアイデアがもっとも反映されているのはどの部分ですか? 神山 一番はラストですね。ヘルム王の末娘ヘラや彼女の従者であるオルウィンなど女性が活躍する映画ですが、フィリッパはもっとその部分を強調した物語にしたかった。最後は女性キャラクター総動員でウルフ軍と戦い、そこにヘルム王の甥、追放されていたフレアラフ率いる軍隊も参入するという展開でした。『LOTR』シリーズでは初の女性主人公という想いが強かったんだと思いますが、僕はそれだとラストが締まらないと考えました。やはり最後は1対1の闘いじゃないと映画にならないと思ったんです。 『追補編』も今回の物語も、ウルフがヘラに求婚したものの、父親のヘルム王に断られたというエピソードから始まっているわけだから、やはり最後はこのふたりの物語、ふたりで決着をつけならなきゃいけない。そこでヘラは自己犠牲して民を助けようとする。そのときのコスチュームは花嫁衣裳。それを戦闘服にするのはかっこいいと思ったんです。 ――今回のヴィランはヘラの幼馴染みウルフですが、近年稀にみる邪悪で情けないキャラクターで驚きました。ハンサムな上に日本語吹替声優が大人気の津田健次郎さんにもかかわらずです。 神山 ウルフのキャラクターについてはフィリッパと何度も何度もディスカッションしました。今回の実質的なヴィランですし、あれだけの戦争を仕掛けるモチベーションを理解したかったからです。僕はウルフにもっとグラデーションが欲しいという要求を出したし、最初の脚本ではセリフだけだったヘラとの子ども時代の回想シーンも付け加えたんです。 考えてみれば『LOTR』に登場する悪はサウロンで、絶対的な悪です。やはり登場キャラクターが多いので、ピーターも悪の方のドラマを描くような余裕はなかったんだと思います。勧善懲悪で政治的な思想はないのがトリロジーのひとつの特徴でもありますから。そういう意味では今回、ウルフの方も描けたし、ユニークなキャラクターになった。彼を描くことで、結果的に現代的な物語になったと思います。 取材・文:渡辺麻紀 撮影:源賀津己 <作品情報> 『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』 公開中 LOTR TM MEE lic NLC. (C) 2024 WBEI