ガルシアにみるSNS時代のボクシングビジネス~巨大なリターンと揺れる根幹
人気ボクシング漫画「あしたのジョー」では、減量に苦しむ登場人物の姿が描かれている。階級制で争われるゆえの描写で、ボクシングというスポーツの過酷さや、それと表裏一体ともいえる競技の醍醐味が如実に表れている。そんな崇高な世界観を真っ向から否定するような出来事が米国で起きた。交流サイト(SNS)を駆使して高い人気を誇るライアン・ガルシアが4月20日、世界ボクシング評議会(WBC)スーパーライト級王者デビン・ヘイニー(ともに米国)から3度のダウンを奪って判定勝ちする大番狂わせ。しかも作戦として、事前の計量でリミットを大幅に上回る体重で臨んでいた。体重オーバーによるペナルティーなどどこ吹く風で歓喜のガルシア。後日、ドーピング検査で禁止薬物に陽性反応を示したとの報道も出て、勝利の扱いを含めて周囲は騒がしさを増しているが、ここではあえて体重超過に焦点を当ててみたい。ヘイニー戦で巨額の富を得たことはうまみのあるビジネスモデルと捉えられる一方、細かく分かれる階級制はボクシングの根幹だけに看過できない。
今だけ、金だけ、自分だけ
ヘイニーはそれまで31戦全勝(15KO)。華やかさにかけるもののジャブを中心に組み立て、ライト級で世界主要4団体の王座統一に成功した。全階級を通じた最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」でもトップ10に入っていた。ガルシアはスピードとパワーが武器。端正な顔立ちに派手な言動で話題を提供してきた。昨年4月にジャーボンテイ・デービス(米国)に敗れて初黒星。再び世界トップクラスの存在感を手に入れる途上にあった。 試合が近づくと、ヘイニーは相手が体を絞れていないと指摘。事前にガルシアは、規定を1㍀上回るごとに50万㌦(約7900万円)をヘイニーに支払うと約束した。騒ぎが沸騰したのが前日計量。スーパーライト級のリミット140㍀に対し、ガルシアは3・2㍀(約1・45㌔)も超えた。しかも公開の場でボトルに入った飲料をがぶ飲みし、ほえ立てるパフォーマンス。常軌を逸した行動にも映った。関係者によると、ガルシア側が60万㌦を払うなどして試合実施が決定。もちろん、ガルシアが勝っても王座に就けない取り決めだった。 ヘイニー有利の下馬評とは裏腹に、予想外の試合展開だった。1回、ガルシアが左フックで相手をぐらつかせ、7回に最初のダウンを奪った。10、11回にも倒した。ガルシアは「1回でかなりふらつかせた。そのとき勝てると思ったね。簡単だった」と言い放った。パワーの差が目立ち、ガルシアは終盤でも動きに衰えが少なかった。制限体重まで絞る必要がなかったことは、コンディションの面で有利に働いたと捉えられる。 勝利の後日、ガルシアはドナルド・トランプ前大統領の元を訪れた場面を投稿するなど、各地で祝勝ツアーを断行していることを自身のX(旧ツイッター)で報告。公平性や安全性に由来する階級制の重要性を脇に追いやり、お祭り騒ぎの状態だ。近年、日本の刹那的な社会風潮を表す言葉として有名になった「今だけ、金だけ、自分だけ」をも想起させる。