【動画】5分でわかる 自民党「派閥」の歴史 “田中支配”から清和会の隆盛まで
(4)加藤の乱、宏池会の分裂
吉田茂のもう一つの系譜である派閥が「宏池会」。池田勇人が創設し、90年代までに大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一と池田を含め4人の首相を輩出した。 1998(平成10)年に宮沢派から加藤紘一派に移行する際、河野洋平らが離脱。さらに2000年に森喜朗政権の倒閣を目指した「加藤の乱」が頓挫し分裂した。 河野洋平グループはその後、麻生太郎派(現在の志公会)に衣替え。加藤派もその後、古賀誠派(現在の岸田文雄派)と谷垣禎一グループに分かれた。 岸田文雄は2021(令和3)年10月、宏池会として30年ぶりの首相に選出された。
(5)清和会の隆盛
2000年代に入ると「清和政策研究会」が全盛を迎える。岸信介派(十日会)の系譜を継ぐ派閥で、福田赳夫派時代に「清和会」を創設した。 2000年以降、森喜朗をはじめ、長期政権を築いた小泉純一郎、安倍晋三、そして福田康夫の4人の首相を輩出した。 安倍晋三の出身派閥で、最大派閥として強い影響力を持っている。
(6)派閥の合流と新派閥の誕生
鳩山一郎の流れを汲む河野一郎派(春秋会)は、中曽根康弘派、渡辺美智雄派と続いた後、山崎拓らが独立して「近未来政治研究会」を旗揚げ。石原伸晃があとを継いだ。 残った渡辺派の村上正邦らと清和会を離脱した亀井静香らのグループが合流。それによってできた派閥が志帥会で、現在の二階俊博派。 三木武夫派は河本敏夫が継承し、高村正彦派、大島理森派、山東昭子派と続いたが麻生派と合流した。 岸田派と宏池会の流れを汲む麻生派と旧谷垣グループが合流する「大宏池会」構想も一時取り沙汰された。 2015年には新しい派閥である石破茂派(水月会)が誕生した。
(7)自民党の「派閥」の現在
2021年10月現在、自民党内には7つの派閥がある(参照:10月5日付「日本経済新聞」) 。 ・細田派=清和政策研究会(96人) ・麻生派=志公会(53人) ・竹下派=平成研究会(51人) ・二階派=志帥会(47人) ・岸田派=宏池会(46人) ・石破派=水月会(15人) ・石原派=近未来政治研究会(10人) ほかに谷垣グループ(有隣会)がある。