スピード違反事故で「過失運転致死→危険運転致死に」相次ぐ遺族の要請 ”訴因変更”が認められる要件とは
●過失運転致死罪→危険運転致死罪への変更は多くない
ただ、今回のように過失運転致死罪から危険運転致死罪への変更例はさほど多くありません。 例えば類似の例として、傷害致死罪から殺人罪の訴因変更があります。理論的には訴因変更は可能ですが、実務的にはほぼ皆無と思います。 殺人罪と傷害致死罪の違いは殺意の有無です。捜査段階で、殺意の有無は最も重要事項として徹底的な捜査が行われ、起訴の時点で殺意の立証は難しいと判断した結果、傷害致死として起訴しているのです。 その後の公判審理の結果で、殺意があると認める新たな証拠が出ることはまずありえません。被告人が積極的に不利益な供述をするような例外的な場合以外、考えにくいのです。
●高速運転による危険運転致死罪、具体的な速度の規定なく
今回は遺族の要望がきっかけではありますが、補充捜査の結果、過失運転致死から危険運転致死に訴因変更したとされていますので、何らかの新証拠を得たと思われます。 この事故は時速161~162キロメートルの自動車がバイクに追突して、バイクの運転手が死亡した事故です。 もともと、高速運転の危険運転致死罪は、「進行を制御することが困難な高速度」での事故が要件とされているだけで、具体的な速度は定められていません。 進行を制御することが困難な高速度とは、道路の状況によって異なるものです。 私の検事時代の経験でも、市街地の交差点を時速40キロで左折し対向車線にはみ出した事故を、危険運転で起訴したことがあります。 これは、鑑定結果から現場交差点での限界走行速度が時速30キロメートル以下であったことが立証できたからです。
●遺族の要望が全て反映されるわけではない
このように高速度でカーブを曲がりきれない場合については、「進行を制御することが困難な高速度」の立証手法が確立しているのに対し、直線道路の場合には具体的な立証手法が明確ではないため、危険運転での起訴を躊躇するケースが多いのです。 今回、補充捜査によりおそらく何らかの鑑定ないし実験結果から「進行を制御することが困難な高速度」の立証が可能であると判断したと思われます。 常識的に、時速160キロを超えるような速度であれば「進行を制御することが困難ではないか」と見えるような気がしますが、刑事裁判の立証はそのような曖昧なものではありません。 これまでの実務は、「この事故現場の曲線半径と、摩擦係数から、限界走行速度は時速〇〇キロメートルである」との物理的な鑑定結果をもとに厳格な立証をしていました。 今回も従前の観点とは異なる視点からの厳格な立証を目指していると思われます。 ですので、遺族の要望がきっかけであったとはいえ、すべての事件において遺族の要望が反映されるというものではないと思います。 【取材協力弁護士】 荒木 樹(あらき たつる)弁護士 釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。 事務所名 :荒木法律事務所 事務所URL:https://obihiro-law.jimdoweb.com/