「兄貴、やりますか?」…暴力団組事務所へのガサ入れ中に麻薬取締官が〝身の毛もよだった瞬間〟
覚せい剤から大麻、そして危険ドラッグへ。時代とともに移り変わりゆく薬物事情の中で36年間、麻薬取締捜査官=「マトリ」として取り締まりの最前線に立ってきた高濱良次氏(77)氏が現場のウラ話を語る短期集中連載の第2回の舞台は’80年代。当時、覚せい剤取り引きの多くに暴力団が絡んでいた。組事務所へのガサ入れ――捜査差押の現場では、背筋が凍るような体験もしたという。そんなエピソードを今回、2つ紹介する。 【現場画像】すごい…!麻薬取締官が摘発した「覚せい剤の小分け」生々しい現場写真 ◆売人の「仕入れ先」は広域系暴力団 1981年(昭和56年)4月(近畿地区麻薬取締官事務所・捜査2課時代) 喫茶店経営者で元組員の50代の男Xが大阪市内の愛人宅を拠点にして、覚せい剤を密売しているとの情報を入手しました。Xの張込み・尾行などの動向監視をしていたところ、京都市内で覚せい剤を入手する現場に遭遇。相手方を尾行すると、同市内の広域系暴力団・A組の事務所に戻った。暴力団と元組員のラインがつながったのです。“次にXが覚せい剤入手に動いたら、帰宅したところを押さえる”との方針のもと、動向監視を昼夜を問わず徹底的に行い、ついにその瞬間をとらえることができました。 取り引きから戻ってきたXが車を降りたところを呼び止め、令状を見せて持ち物を調べたところ、チャック付きビニール袋に入った覚せい剤一袋、量にして約235gを発見。その場で現行犯逮捕し、覚せい剤を押収しました。その後の家宅捜索で、和ダンスの引き出しの奥にテープで貼り付けられたパケ(小さなビニール袋)入りの覚せい剤10数袋、量にして15g位を発見・押収しました。Xは入手先について一切供述しませんでしたが、自身の密売状況については全面的に供述しました。 供述こそ得られませんでしたが、尾行班の報告から入手先はA組であることが伝えられていました。私たちは早速、A組の組事務所に向かいました。私の親爺が仕事で使っていたライトバンを近くに停め、車内から夜間を中心に張り込みを行いました。しかし、あまり動きが見られなかったため、思い切って事務所に対する捜索を決行しました。 捜索で組事務所の台所のシンク下に張り付けられたチャック付きビニール袋入りの覚せい剤1袋、約10gを発見しました。A組には組長を長男とする三兄弟がおり、捜索の様子を見ていた30代の次男が組長と三男に向かって「今回は自分が出るから」と言いました。「自分のものです」と覚せい剤の所持事実を認め、連行されたのです。 ◆組長の関与は否定 次男の取り調べを担当したのは私です。その過程で思ったのは“次男はあまり世間慣れしておらず、人間的にも人がいい”ということ。とても取り調べがやりやすかったのを今でも覚えております。組事務所で居合わせた、殺気に満ちた三男だったら、こうはいかなかっただろうなとも思っていました。 ただ、次男は営利目的所持(売買)は認めず、Xとの譲渡・譲受の事実も一切認めようとしませんでした。そこで私は一計を案じました。勾留後の取り調べ初日、何も言わずにスチール製机の上に、Xの顔写真とXから押収した大きなチャック付きの覚せい剤を置いておいたのです。“マトリはすべてわかっている”と察してもらおうと考えたのです。 すると次男は、Xとの取り引きの全貌を供述し始めました。ただ、組長の関与については頑強に認めず、“自分一人で取り引きした”と言い張りました。 並行して、Xに次男が供述を始めたことを伝えると、Xも取り引きの概要を供述し始めましたが、やはり組長の関与は否定しました。 私は組長の関与には触れない調書を作って、まずXと次男の譲渡・譲受の容疑を固めました。2人は認めませんでしたが、取り引きの現場に組長がいたことは張り込みで確認されており、主導していたことは明白。担当検事との打ち合わせでも、組長の関与は間違いないとの結論に至りました。 そこで、裁判所から組長の逮捕状の発付を受けて組事務所に乗り込むことにしたのです。2課のメンバーに応援組を加えた総勢20名態勢で、A組の組事務所を“急襲”しました。 ◆ガサ入れ中に感じた〝身の危険〟 捜索中、突然、組長が事務所の2階へ上がりました。慌てて後を追いましたが、取締官は誰一人、私についてきていない。肝を冷やしました。 このようなケースでは、暴力団員は怒りに任せて暴れたり、攻撃してくることが珍しくない。一瞬の隙が命取りになります。なぜ、誰もついてきていなかったのか……どれだけ危険かわかっているがゆえ、取締官の中には、暴力団員に近寄りたがらない者がいることは知っていましたが、おかげで私は厳しい場面と対峙するほかありませんでした。 組長の後を追って2階に上がってすぐ、模造刀が視界に入ってきたのです。組長に模造刀で腹を刺されたら、一巻の終わりでした。幸い、組長は私物を取りに2階に上がっただけで、事なきを得ましたが、もしもの事態を考えてゾッとしました。悲劇は突発的に起こるものですから……。 ◆「兄貴、やりますか」 次男との共謀によるXへの覚せい剤の譲渡事実で組長を逮捕すると、組長は「汚い真似しくさって」と私に怒りをぶつけてきました。我々が嘘の供述をデッチあげたと勝手に思い込んだのでしょう。 すると、三男が私を睨みつけながらこう囁きました。「兄貴、やりますか?」と。 冷静で表情ひとつ変えない三男を見て「こいつなら私を刺すだろう」と身構えました。しかし、さすがに組長も捜索の場での襲撃はさせず、押し黙っていましたが、あの緊迫した雰囲気は忘れられません。 その後、組長から次男の供述に沿う供述を引き出すことができて、事件は一応の終着を見ました。 【後編】気づいたら20~30人の組員たちに取り囲まれて…麻薬取締捜査官が危機を脱するまでの〝一部始終〟
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