「ウルトラマンガイア」放送25年 前作の“女の子走り”のせいで…ボルト入りの足で坂道疾走!“高山我夢”が明かす秘話
1998~99年に放映された「ウルトラマンガイア」は、「ティガ」「ダイナ」とともに平成ウルトラシリーズ3部作と呼ばれる。従来シリーズに比べ、防衛チームの登場人物が多く、初めてウルトラマン同士のライバル的な物語が展開されたことが特長だ。さらに「根源的破滅招来体」と呼ばれる敵が描かれるなどのテーマの壮大さから「大河的作品」と称されることも。主人公・高山我夢を演じた吉岡毅志(45)と八木毅監督(57)に、放送終了から25年が経つ同作について語ってもらった。 【画像】当時の小道具、台本、「香盤表」も…吉岡は今も資料を大切に保管している ほか (全2回の第1回) ***
100メートルを11秒台後半で
「芸能界に入り、まだ2年目。売れたかったんです。とにかくブラウン管に映るのが目標で、ガイアのオーディション前も、単発で深夜ドラマなどに出ていました」 吉岡は、19歳だったガイアのオーディション当時をこう振り返る。「芝居は全然できなかった」と苦笑するが、映画にキャスティングされるなど、勢いがあった。 オーディションではスポーツテストも行われた。前作の「…ダイナ」で主演したつるの剛士は、吹奏楽部出身でスポーツが苦手だったため、作中では腕を横に振り内股気味の“女の子走り”だったことを本人もネタにしている。そのため、今作からはスポーツ適性も見られるようになったのだ。 その点、吉岡はアスリート系だった。100メートル走は11秒台後半の記録を持ち、日本体育大学を受験したこともあった。 「小学生の頃に光GENJIやジャッキー・チェンなどが活躍していた時代だったので、公園の砂場なんかでバック転を普通にやっていましたね」 だがオーディション時は、サッカーで左足を複雑骨折した影響で、足にボルトが入ったまま臨んだそうだ。当時、円谷プロがあった東京・砧の坂道を、痛みをこらえものすごい形相で駆け上がってくる吉岡の姿を、周囲は目撃したという。
何百人の取材陣で気付いたシリーズの重み
努力の甲斐があってか、かくして吉岡は、平成ウルトラマン3作目「ウルトラマンガイア」の主役、高山我夢役に選ばれた。当時の所属事務所の社長からは「調子に乗るなよ」と釘を刺されたが、当の本人には自覚はなかったそうだ。 「小さい頃からシリーズは見ていました。ただ、“初代ウルトラマン”や“セブン”には子ども心に画面から怖さを感じてしまい、“エース”や“タロウ”のほうが好きでしたね。3歳の頃にエースのメタリウム光線のポーズをした写真も残っています」 直近シリーズの「ティガ」や「ダイナ」は見ていなかった。主演が決まってから、「ダイナ」を見始めたそうだ。シリーズの重みに対する認識を改めさせられたのは、制作発表会見で集まった大勢の報道陣を前にした時だった。 「目立ちたくて会見に出てきたのに、めちゃくちゃ緊張しました。何百人という取材陣だったと思います。フラッシュも無数に光っていて、考えてきたあいさつも、ガッチガチになって喋りました」