渡辺恒雄氏、毀誉褒貶も強い信念に基づいた生き様 阿比留瑠比
平成24年4月、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆に、リーダー論についてインタビューする機会があった。民主党政権時代であり、前年12月に産経新聞が実施したアンケートでは「リーダーにしたくない人物」の1位が鳩山由紀夫、2位には菅直人の両元首相が選ばれていた。 【写真】談笑する長嶋茂雄氏と渡辺恒雄氏 筆者が「4位は…」と切り出すと、渡辺氏はにやりと笑ってこう答えたのが印象的だった。 「渡辺恒雄。悪名は無名に勝るというが、ネガティブ評価もなきゃおかしいですよ。人間には嫉妬もある。僕も何もしないでいればいい人といわれたかもしれないが、それじゃジャーナリストといえないね」 長年にわたり、政界、メディア界や球界で大きな影響力を保持してきた「ドン」のずぶとさを感じるとともに、記者としての自信と覚悟も伝わってきた。 中曽根康弘元首相をはじめとする数多い政治家と交わり、外部から評論するのではなく、内部に入ってメインプレーヤーとして政治に関わってきた渡辺氏の手法には毀誉褒貶(きよほうへん)がある。 だが、少なくとも強い信念を持って思うさまに振る舞ってきた生き方は、いっそすがすがしくもある。 「ナベツネさんには逆らえない」 多くの政治家から異口同音に、何度こんな言葉を聞いたことか。若い記者など歯牙にもかけぬ政界の長老たちも、渡辺氏には一目も二目も置いていた。 勉強家としても知られ、税財政など政策面でも揺るがぬ持論の持ち主だった。憲法改正論者でもあり、9条はもちろん、前文についても「哀れみを乞うような前文は取り換えた方がいい」と主張していた。 一方で、若いころの軍隊経験から旧日本軍を嫌い、戦没者が祭られた靖国神社にも否定的だった。安倍晋三元首相が第1次内閣を発足させる直前には、渡辺氏に「もし靖国に参拝したら、読売1千万部で内閣をつぶす」と脅かされたこともあった。 酔うとはめを外すところもあったようだ。やはり中曽根氏のブレーンだった元伊藤忠商事特別顧問の瀬島龍三氏に「最近、渡辺氏とけんかしたとの噂がありますが」と話をふったところ、顔をしかめてこう言っていた。 「渡辺さんも、ビールの間はまだいいのだが、コップ酒をやり始めるともういけない」
時代の要請か、サラリーマン化が進んだ記者からは、もう渡辺氏のような存在は生まれてこないのではないか。(論説委員兼政治部編集委員 阿比留瑠比)