練馬区の超狭隘・クネクネ路線バス廃止。乗客は多かったのに……背景に「リエッセ老朽化問題」
■ 利用者はそれなりに多いのに……「泉38」なぜ廃止? 塀や軒先スレスレの狭い路地を駆け抜ける、東京都練馬区のバス路線が廃止になる。この路線は「利用者は多いものの、走行可能なバス車両が少ない」という、悩ましい問題を抱えていた。 【画像】「泉38系統」廃止告知(西武バスWebサイトより) 2025年3月31日をもって廃止となるのは、西武池袋線・大泉学園駅~長久保間を結ぶ「泉38系統」など4系統だ。 「泉38」の沿線には「大泉桜高校」があり、大泉学園駅まで2km以上も離れている。かつ、周辺の道路はバス通りなのかも判別がつかないほど入り組んでおり、どの路地もことごとく狭いこともあって、マイカーの日常利用にも支障をきたすような道路状況だ。 このバス路線は、2005年の路線開設から多くの人々に利用されてきた。西武バスによると、「運行開始の当初と比べると40%程度の本数にはなっているものの、それでも利用者は『非常に少ない』レベルではない」という。 実際に何度か乗車しても、廃止によって消滅する「大泉学園小学校前」「大泉学園町4丁目」などのバス停はかなり利用者が多く、バスもこまめに乗客を拾っているようだ。今回の廃止で9か所のバス停が消滅し、1km程度の範囲で“路線バス空白地帯”が生じるため、練馬区大泉学園町の人々にとっては、バス廃止はなかなか深刻な問題だ。 しかし西武バスには、「泉38」を廃止せざるを得ないもう1つの理由がある。それは「走れるバス車両がない」ことだ。 狭隘な住宅街の走行に適している小型バス車両・日野自動車「リエッセ」はすでに製造が打ち切られており、今や西武バス全体で見ても、この路線を担当する上石神井営業所の5台のみ。「泉38」は現在保有しているリエッセの老朽化とともに、廃止にいたるという。 国内の小型バス車両は、ほかに「ポンチョ」「コースター」などの車種もある。なぜ「泉38」は、これらに置き換えられずに廃止にいたるのだろうか。その背景を探っていこう。 ■ 小型バスでも意外と違う! 「リエッセ」と「ポンチョ」の差とは このバス路線の車両がリエッセでなければいけなかった理由、それは「狭い住宅街での小回り」「乗客を運べる能力」の2点に尽きる。 リエッセ(1995年発売、2011年製造中止)と、実質的な後継車両であるポンチョ(いま多く走行しているHX系は2006年発売)は、定員や座席数ではそこまで違いがない。しかし差が出るのは、カーブを曲がる能力だ。 両車種とも全長約7m程度ではあるものの、ポンチョは前後の端にタイヤを配置しているため、ホイールベース(車軸間の距離)は「リエッセ3550mm vs. ポンチョ4825mm」。リエッセの方が圧倒的に小回りが利く。 練馬区大泉町近辺では、一見して「この道にバスが入るの?」というような路地に、リエッセがスイスイと入っていく。ルートを歩くと、確かに、ポンチョや通常のマイクロバスでは曲がれないような路地が連続しており、これではリエッセ以外の選択肢がなさそうだ。 また西武バスによると、「乗客を運べる能力」に関しても、ポンチョより床面積が広く、ラッシュ時に多くの乗客をさばけるとういう(ポンチョは助手席側がフロアより高くなっている分、車内スペースが若干狭い) この路線はそれなりに多客であるがゆえに、ポンチョでは乗客を運び切れないのだ。「泉38」では唯一の選択肢はリエッセということになるが、もはや販売終了から10年以上が経過し、車両も運転手も確保できない。 かつ、「泉38」沿線の200m~500mほど西側、高速道路(外環道)側道では「泉39」などの別系統が運行しており、こちらは大型バスでも問題なく走行できる。すでに沿線では「泉38」の利用者を他系統に誘導しており、解決策は「泉38は廃止、少し歩いてほかのバス停を利用してもらう」以外になかったのだ。 ■ ほかにもあった! 「リエッセでしか入れない住宅街」問題。現状は? 首都圏の各地では、高度成長期の急激な人口増加に道路整備が追い付かなかったエリアで「リエッセでなければ走行できない住宅街」が数多く存在した。しかし各地で確認したところ、すでにほかの車種で運行できている場合が多いようだ。 練馬区内ではほかにも、コミュニティバス「みどりバス」の一部路線が、途中の「丸山西橋」交差点をポンチョで曲がれず、リエッセだけで運行していたという(2018年2月9日 練馬区議会資料より)。この交差点は地権者との調整で拡張工事が遅れていたものの、現在では改修によってポンチョが運行を担っている。 なお練馬区によると、現在の「みどりバス」は、中型車両で運行する保谷線を除く5ルートすべてがポンチョによる運行で統一され、リエッセは1台も残っていないという。 また、埼玉県・草加市コミュニティバス「パリポリくんバス」は、当初はポンチョでの運行を考えていたところに、公募に応じた運行事業者(東武バスセントラル)から「狭隘な宅地の道路ならリエッセの方が走行性能がよい」との提案があり、2路線7台をリエッセで買い揃え、2016年に2路線で運行を開始したという。東武バスセントラルによると、現在は両ルートともポンチョで問題なく運行できるとのことで、リエッセはすでに残っていないそうだ。 このほか、武蔵村山市「MMシャトル・武蔵砂川ルート」でも、「イオンモールむさし村山」にほど近い住宅街の交差点で、「ポンチョで運行すると回転半径が大きいため、左折時に停止線を越えてしまう」という可能性が指摘されていた(2015年5月 公共交通会議資料。旋回必要幅が「リエッセ4.36m、ポンチョ4.6m」と記されている)。しかし2022年には「武蔵砂川ルート」そのものが廃止になっている。 ■ 需要はあるのになぜ「リエッセ」は消えゆくのか 「リエッセ」が開発された1995年ごろには、すでに各地の民間路線バスの経営難が次々と明らかになっていた。 日野自動車がリエッセを開発した背景は「大型バスほどの定員を必要としない」「これまで経由できなかった住宅街・病院などにも立ち寄りたい」など、路線バスの需要そのものの変化にある。実際にそういったバスの運行を考えていた武蔵野市(のちにコミュニティバス「ムーバス」運行開始)などの要望を聞いたうえで、開発を行なったという。 1995年の発売後は「小型路線バス=リエッセ」といっていいほどに全国に普及した。しかし路線バス車両は、自家用車やトラックに比べて圧倒的に販売台数が少なく、開発を続けてもそこまでの利益を維持することができない。リエッセは最低限のモデルチェンジで販売を継続していたものの、2011年に強化された商用車の排出ガス規制に対応することなく、販売を終了してしまったのだ。 小回りが利き、住宅街をくまなく巡れるリエッセを必要とするバス会社は、いまだに多い。しかし「ローコストで多量生産が可能(ダイハツ・ムーヴカスタム・セレガなどからの部品流用)」というアドバンテージを持つポンチョが同じ会社で販売されている以上、リエッセのスペックを兼ね備えたバスが登場することもないだろう。 「泉38」は、そんなリエッセに乗車できる貴重な路線だ。来年3月の廃止まであとわずか、23区内にわずかに残る長閑な風景を眺めつつ「リエッセ乗り納め」に出かけるのもよいのではないか。
トラベル Watch,宮武和多哉