異国の地で一文無しにーー家族を捨てフィリピンで生きる男の「なれのはて」#ザ・ノンフィクション #ydocs
日本に残された家族の思い
取材班は、日本の家族のことが気になった。だが平山さんは、家族とは連絡をとっていない。ただ手元に戸籍謄本の写しを持っていて、本人の承諾のもと、それを手掛かりに家族の行方を探した。 2016年10月、取材班は娘のKさん(仮名)を見つけ、喫茶店で面会した。ただKさんは複雑な表情を見せていた。 「優しい父でした。何か事件にでも巻き込まれたと思っていたんですよ。まさかフィリピンにいたなんて」 兄弟は2人いて、弟は、家族を捨てた平山さんを許していないという。 Kさんは運送関係の仕事をしているが、生活は決して楽ではない。父に会いたいという気持ちはあるものの、フィリピンを訪ねることも、平山さんを日本へ迎えることも、今はまだ考えられないと話した。 言葉の端々に垣間見える、父への複雑な思い。 取材班は、平山さんにも娘さんと連絡がついたことを伝えた。平山さんは喜んだが、日本に帰ってみてはどうかという提案には、少し表情を曇らせた。 「日本に戻っても、娘は面倒を見てくれないだろうし、孤独死するだけです」 現在日本では、年間およそ6.8万人が孤独死していると推計されている。 地縁、血縁が薄れて、高齢者が孤立化する日本。 一方で、途方に暮れた平山さんへ自然に手を差し伸べてくれたような互助の仕組みが色濃く残るフィリピン。平山さんがなぜフィリピンに滞在し続けるのか、少しわかったような気がした。
一攫千金の幻に取り憑かれた男たち
2016年、取材班が平山さんの自宅を訪れると、日本人の居候、宮崎さん(当時76歳)がいた。平山さんと同じように日本から流れてきて、フィリピン人の家を転々としていた。 いっときはパブを経営するなどして羽振りが良かったが、「埋蔵金探し」にお金を注ぎ込み、所持金がそこをついたという。 痩せ細った身体、顔に刻まれた深い皺。しかし、目だけは爛々と光っている。カメラを向けると、怪しげな儲け話が始まった。 「3億円相当の金塊を100万円で入手できる。それを転売すれば…」 何かに取り憑かれたような口ぶりだった。金塊の購入資金100万円を用立てようと日本人の知り合いに持ちかけ、お金が振り込まれるのを待っているのだという。 そんな宮崎さんを、平山さんはどこか冷静に見つめていた。 「明日にでも振り込まれる」。宮崎さんはそう語ったが、それから3カ月後にディレクターが訪れた時も、まだ居候をしたままだった。 もちろん資金は振り込まれていない。 テスさんはそんな居候に文句を言うこともなく食事の世話をし、平山さんは宮崎さんの深刻な表情をよそに、飄々と日本の歌謡曲を歌っていた。 2017年1月、宮崎さんはお金を受け取れないまま亡くなる。 平山さんは生前の宮崎さんに生活費としていくらかのお金を貸していた。それを取り戻す目的もあり、宮崎さんにお金を送ると約束していた日本人、「伊藤さん」を訪ねてみることにした。 バスに揺られること7時間、約束の場所に現れた伊藤さん(76)もまた、一攫千金の夢に取り憑かれたひとりだった。 「フィリピンには、戦時中の日本軍や、マルコス元大統領が残した財宝が眠っている」 「ピラミッドパワーで、地下資源の場所がわかる」 「それが見つかったらいくらでもお金を支払える」 半裸で、荒唐無稽に思える夢を語り続ける伊藤さんの口を見ると、多くの歯が抜けていた。平山さんも、宮崎さんも、フィリピンでの取材中に出会った日本人はみな歯が抜けていた。 伊藤さんもまた、その後まもなく亡くなった。 宮崎さんも伊藤さんも、はっきりとした死因はわかっていない。2人とも、病院に行っていなかった。非正規滞在者は医療保険に入っておらず、病院へ行きたがらないし、行きたくても行けないこともある。 楽園に見える暮らしの暗い影がそこにあった。