〈Gacha Pop〉誕生から1年 プレイリストの躍進を象徴する5組、海外展開の新たなトレンド
〈Gacha Pop〉がフィーチャーする「新たなトレンド」
そもそもSpotifyはなぜ〈Gacha Pop〉というタイトルをつけたのだろうか。Spotify Japanの芦澤氏いわく、「2021年までは海外リスナーに人気のある楽曲はほとんどがアニメ関連曲でした。でも藤井 風の『死ぬのがいいわ』のバズが東南アジアのTikTok発で世界中に広がったあたりのタイミングから、突然違う文脈が出てきました。その数年前から起きていた日本のシティポップブームや、アニメと直接関係のないYOASOBI『夜に駆ける』が海外でロングヒットを記録している現象など、一見するとバラバラに見える事象が、もしかすると海外のリスナーには”日本のクールなポップカルチャー”という同じ地平で繋がっているように見えているのかもしれない、と考えるようになったんです」という。それを表現するにはJ-POPという既存の言葉ではなく、新しい表現で括り直す必要があると考えた。Spotify Japanのなかで様々なアイデアブレストがあったなかで、何が出るかわからない面白さやカラフルさに加え、語感上、日本的なイメージを想起させる「Gacha」が取り入れられたのだ。 プレイリストを実際に公開してから、改めて気づいた発見もあったという。「日本のボカロカルチャーが、そこから派生した歌い手や隣接しているVTuberなども含め、海外のリスナーを惹きつけるユニークな要素のひとつになっているところです。ボカロPを経由してシンガーソングライターやユニットとして活躍したり、世界観や作品性をイラストやアニメーションで表現するアーティストも多い。ヨルシカやロクデナシなど、〈Gacha Pop〉で安定してパフォーマンスの良いアーティストにはそうした共通点があるのではと分析しています」。YOASOBIやAdo、星街すいせいもそこに当てはまる。だが今回の〈Gacha Pop〉で特筆すべきはそれを皮切りにしながら、藤井風、新しい学校のリーダーズ、imaseなど純粋なJ-POP的アーティストの台頭だ。グッドメロディの歌謡曲やシティポップなど日本独特のコード進行を自分のフィルターで昇華した新世代アーティストが、アニメ・ボカロ文脈と並行して聴かれ「日本のポップカルチャー」に接合されていったという点で、2023年のムーブメントはこの10年のアニメ・ゲームが先導した日本文化浸透の発展形ともいえる進化を見せている。 ブームはきっかけこそ1人のアーティストが起点であっても、結局は「集団の力」が巻き起こすものだ。点と点がプレイリストなどによって線になってはじめてジャンル化し、視聴が固定する。今回取り上げた非アニメ文脈の〈Gacha Pop〉アーティスト達がフィーチャーされる流れには、確実にその「集団で波ができた」タイミングが存在した。2021年春のTikTokブーム、2022年秋の藤井 風からのJ-POPブーム、そして2023年春の〈Gacha Pop〉プレイリストを通じた高位安定期である。この3つの波を乗りこなした最初の〈Gacha Pop〉第一世代が敷いた世界認知のインフラにのって、これからは(いままでほとんど浸透することができなかった世界文脈に)日本人アーティストがこれまでと違う広がり方をするという“世界線”が、いま強く期待されているタイミングだ。 アニメが世界的人気になってきたことは誰もが知っていることだろう。2010年代後半からNetflixやCrunchyrollにのって何千万人と視聴されているアニメの主題歌人気でこの4~5年順位をあげたアーティストは多い。だが上述の5組に関しては、インフルエンサーの”自己編集“での非公式動画を発火点に、ボトムアップで広がっていき、これまでJ-POPアーティストが巨大資本と世界ツアー行脚を繰り返しても到達することができなかったポイントにまで急激に駆け上がってしまった。 なぜアニメ人気と無関係にあがってきたのだろうか。その実態として顕著なのは「韓国・タイ・インドネシアなど北米・南米とつながっているアーティスト達が取り上げ、そのTikTok・YouTube人気でSpotifyで順位を上げた」というものだ。いわばアーティスト自身がキュレーションをして、インスパイアされた楽曲として彼らの曲が世界中に広がっていったのだ。 --- 中山 淳雄(なかやま・あつお) エンタメ社会学者。1980年生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)、カナダのMcGill大学MBA修了。コンテンツの海外展開がライフワーク。2021年、エンタメ企業のコンサルティングを行うRe entertainment創業。主な著書に『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』(2024年)、『推しエコノミー「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(2021年)など。
Atsuo Nakayama