〈Gacha Pop〉誕生から1年 プレイリストの躍進を象徴する5組、海外展開の新たなトレンド
〈Gacha Pop〉を象徴する5組と「非アニメコラボ楽曲」の海外進出
以下の図は〈Gacha Pop〉の代表的なアーティストが毎月世界の配信ランキングでどのくらいの位置にあるかを示している。テイラー・スウィフトからBTSまでスタープレーヤーがひしめく世界ランキング、その中では大リーグに挑戦するNPB選手のごとく、J-POPアーティスト達は最高位としても500位以内に食い込んでくるのはYOASOBIやCreepy Nutsくらいなもの。ただそれらは『推しの子』や『マッシュル』などアニメ人気とともに上がってきた楽曲で文脈も異なるが、本稿の対象とするのは藤井 風、imase、新しい学校のリーダーズ(ATARASHII GAKKO!)、星街すいせい、yamaである。 この5組の共通点は、アニメコラボ楽曲ではない流行だ。それぞれが純粋な楽曲として歌い上げたものが〈Gacha Pop〉を通じて世界中のリスナーから聴かれている。もともとドメスティックなものとして取り扱われて、海外展開が厳しい厳しいといわれ続けたJ-POP。そんな1990~2010年代を越えて、なぜ2020年代の今になって急激に海外に浸透しているのだろうか。 最初の変化は2022年7月からはじまる、藤井 風の「死ぬのがいいわ」(2020年5月に発売されていた本人の1stアルバムの収録曲)の世界的ヒットだ。タイのTikTokerが広げて同国のさまざまなサイトでランクインしたことをきっかけに東南アジア、東アジア、中央アジア、中東、欧州へとランクインする国が広がっていき、ちょうど1.5カ月かけて米国にも到達。9月には(それまで日本人では米津玄師やYOASOBIくらいしか入ったことがなかった)世界ランク1000位以内に入り、SNSのバイラルによりボトムアップで広がっていく様は、これまでのようなレーベルがトップダウンのプロモーションで一気に認知を拡大するマーケティングとは大きく異なっており、新時代の音楽の広がり方を象徴していた。 1997年生まれの藤井は12歳からYouTube上で演奏動画を投稿していた岡山出身のアーティストだが、2019年にユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー、3年以上にわたって20曲以上ものオリジナル楽曲を発表し、ツアーや海外展開も行っていた。「死ぬのがいいわ」は2020年に発表済の曲であり、バズの発火点となったTikTokerはこの曲をBGMにして『呪術廻戦』の狗巻棘のシーンを“自己編集”したものであった(公式には「死ぬのがいいわ」と『呪術廻戦』は関係がない)。『呪術廻戦』自体も2021年3月に第一期のアニメがすでに終わって久しかった段階だ。 ここで注目すべきは1~2年前に発表済の、それぞれ文脈の異なる楽曲と流行映像を、すでにフォロワーをもっているインフルエンサーが勝手に編集したものが発火点となり、次々と隣国市場のチャートを席巻していったということだろう。SNSでは複数の創作を組み合わせて二次創作的に広げる歌ってみた、踊ってみたといった「連作クリエーター」がコロナ禍で急激に増えた。「死ぬのがいいわ」も例に漏れず、その連作クリエーションの波に乗ったのだ。だが「日本語で歌われた楽曲」でありながら、数十万本というTikTok動画が“自己編集”され広がり各国のチャートに次々にランクインしていく様は痛快を通り越して、音楽マーケティングが違う次元に確変してしまうかのような恐ろしさすら感じた。 ※藤井のランクはその後も高位安定しており、2024年4月には最新曲「満ちてゆく」がタイのTOP50チャートにランクイン。同曲を主題歌に起用した映画『四月になれば彼女は』のヒットにより海外にも楽曲が広まった。 新しい学校のリーダーズもまた、遅れて現れたヒットといえる。2015年に結成、きゃりーぱみゅぱみゅをプロデュースしたことでも有名なアソビシステムに所属。レトロな日本セーラー服の4人組は音楽というよりはその不思議なダンスも含めて視覚ファッション的なカルト人気で有名にはなっていったが、2020年1月で公式YouTubeフォロワー0.9万、21年1月で11万という数字から、コロナ前まで人気アーティストとは言い難い存在だったように思う。それが26万(22年1月)→37万(23年1月)→155万(24年1月)と累乗的に広がったのはなぜだろうか。 彼女らが一度5000位に到達するのは2021年1月「NAINAINAI」で全世界デビューし、3月「Freaks」でインドネシアのシンガーソングライターとコラボしたことがきっかけ。だがその人気は安定せず、しばらくの潜伏期間がある。ここもまた“2020年5月”にリリース済の「オトナブルー」の首振りダンスが2023年に入ってバズリ、ずっと1000~2000位台を維持するようになる。そしてその認知度は2023年末の紅白歌合戦と2024年4月のコーチェラ出演によってもはや不動のものになったといっていい。 ※新しい学校のリーダーズはコーチェラ出演後、特に海外で「Tokyo Calling」への注目が高まっている。お気に入り数でも「オトナブルー」を抜き、新たな代表曲となった。 imaseもまたミラクルストーリーが異次元の領域だ。2000年生まれのZ世代で20歳になって初めてギターを購入し、DTMで音楽づくりを学びながらできた曲はショート動画でTikTokに投稿することを常としてきた。ちょうど藤井 風の旋風が巻き起こった2022年秋から「NIGHT DANCER」のヒットでランキングがグッとあがり、2023年5月にBTSのJUNG KOOKが同曲の歌唱動画を公開した瞬間に順位が急上昇、あっというまに1000位台につけてしまう。楽器を初めて2年足らずで世界トップ級に躍り出るシンデレラストーリーだ。 ※「NIGHT DANCER」はダンスチャレンジ動画にも多く使用されるなど雪だるま式に広がっていき、韓国を筆頭に世界31カ国のSpotifyバイラルチャートでランクイン。imaseはSpotifyで1億回再生を突破した2023年7月初週より〈Gacha Pop〉のカバーを飾っている yamaはボーカロイド楽曲の「歌ってみた」制作をルーツに持ち、2020年の楽曲「春を告げる」でブレイク。2021年の1月「THE FIRST TAKE」出演、5月JAPAN JAM出演ごろから注目を集めたあと、藤井 風ブームの2022年秋から順位の顕著な上昇がみられ、2023年10月にキタニタツヤとのコラボ曲「憧れのままに」が話題を集めたタイミングで3000位台にランクインしている。。 ※2023年7月、インドネシアで開催された「Impactnation Japan Festival 2023」に出演するタイミングでyamaの楽曲を〈Gacha Pop〉の上位に入れたところ顕著に反応がよかったとのこと。〈Gacha Pop〉のカバーに採用された2023年10月は「憧れのままに」が話題を集めると共に、自身初の海外ツアーを翌月に控えるタイミングでもあった。〈Gacha Pop〉のキュレーションは話題作やバイラルヒットを集めるだけでなく、海外公演もモーメントの一つとして反映されている こうした文脈からさらにノーマークだったのはVTuberの星街すいせいだろう。2018年からVTuberとして活動、2019年にVTuber事務所二大大手の一角カバー社に所属しながら、雑談やゲーム実況がメインのVTuber達の中で1人レベルの高い歌唱動画を上げ続けた。2021年9月で最初のフルアルバム「Still Still Stellar」と10月の自身初のライブ公演でようやくランキング1万位に入るようになった段階。そこからカバー社自体が日本発といえるVTuberをどんどん輸出していく波にのって、ファンたちに押されるかのように2022年秋から順位を上げていく。2023年1月の「THE FIRST TAKE」で284人目のゲストでありながら、16万人という史上最大同時視聴数を記録し、3日で500万回再生されたのは「ファンダムの威力」をまざまざと感じる“事件”であった。 ※星街すいせいは2024年3月「ビビデバ」リリースの翌週にカバーを飾ると、同時期に公開されたインパクト抜群のMVの話題性に加えて、イラストや楽曲の魅力、〈Gacha Pop〉との相性もあり、同プレイリストにおける今年上半期アクセス数No.1アーティストとなった