交通違反で捕まることはドライバーなら絶対避けるべきだが…悔しい出来事の一部始終【タクシードライバー哀愁の日々】
【タクシードライバー哀愁の日々】#35 「あれっ、なんでこんなところに止めているんだろ?」 【初回を読む】親子経営の会社が倒産…借金に追われ家も失い、残ったのは「運転免許」だけだった 大通りと交差する狭い道の出口で停車している白バイをよく見かける。そして、白バイが急にサイレンを鳴らしはじめて急発進する。ふだんクルマを運転する人、バイクに乗っている人ならすぐに「反則切符を切られるな」と察しが付く。要は目の前を通り過ぎたクルマやバイクのちょっとした違反に対し白バイは「見ちゃったもんね」と追跡を開始するのだ。 ときには自分と同じように走っていたすぐ前のクルマは“セーフ”なのに、自分だけが“アウト”になるケースもある。ほかにも、通行量の少ない時間帯などに、右折しようと車線変更禁止のエリアでなんとなく車線を変えてしまって、白バイの餌食になってしまうこともあるのだ。 ドライバーの立場からいえば、悪質運転、危険運転をしていたわけでもないのに、「運悪く見つかっちゃった」というケースだ。「暴走族の傍若無人ぶりは見ているだけのくせに」「もっと悪いことをしているヤツがいるじゃないか」と文句のひとつも言いたくなるはずだ。 白バイ隊員も仕事だから仕方がないのだが、真偽のほどはともかくとして「交通違反者はお客さま」と公言する白バイ隊員もいるし、「罰金は国庫の大きな収入源」などと言う人もいる。 とはいえ、タクシードライバーにとっては、絶対に避けなければならないのが交通違反で捕まること。稼げる時間をムダにしてしまうし、なによりも罰金は自腹。だから、白バイが待ち受けるスポットはいつも頭に入れて運転しなければならない。 白バイといえば、私にも悔しい出来事があった。場所は上野。国立博物館をはじめ、国立科学博物館、国立西洋美術館、上野の森美術館、東京都美術館や、東京文化会館などがこのエリアにあり、芸術の街でもある。ある日の午後、東京都美術館に無線配車で向かうと、着物姿の高齢の男性とそのお付きのような女性がクルマの到着を待っていた。数人の関係者に下にも置かぬ対応で丁寧に見送られる。見送る人の話では、その高齢の男性は有名な書道家とのこと。行き先は練馬方面。 途中、その男性の様子がおかしくなった。お付きの女性が慌てて私に言う。「運転手さん、先生が具合悪いみたいなので急いでください」。私は自宅に向けて飛ばした。ある交差点に差し掛かったとき、信号の黄色から赤に変わりかけていることに気づいていたが、“ぎりぎりセーフ”と判断してアクセルを踏み込んだ。するとサイレンとともに白バイ隊員が追跡してきた。 クルマを止めると「信号無視です」とひと言。当然、私は反論した。「黄色で交差点に入って赤に変わった。違反はしていません」。だが、押し問答してる場合じゃない。「急病人がいるので送り届けて、ここに戻ります」と白バイ隊員に伝え、いったんその場を後にした。 目的地で男性を降ろすと、同乗していた女性が助手席に乗りこういう。 「急がせたのは私です。一緒に戻って正面の信号は赤ではなかったと証言します」。私はうれしい味方を得て、白バイ隊員の待つ場所へ戻った。女性と2人で無実を主張したが、白バイ隊員は聞く耳を持たない。「この目で見た」の一点張りで、頑として曲げない。 しばらく押し問答がつづいた。いつまでもこの女性に迷惑をかけては申し訳ないと思い、私は違反切符にサインした。違反点数2点、反則金9000円。悔しかったが、白バイ隊員にその日のノルマを与えざるを得なかった。 だが、一緒に説得を試みてくれた彼女の心意気には感謝の念でいっぱいだった。彼女のけんまくもあってか、白バイ隊員の目は終始泳いでいたようだった。いまはやりのVAR判定があれば、間違いなく“セーフ”という自信が私にはあったのだが……。 (内田正治/タクシードライバー)