銀座『黒革の手帖』のリアル 第1話 「物語に近いことは、現実にもある」
夜の銀座へと誘われた運命的な再会
そんなとき、運命的な再会があったという。 「いつものようにホテルに向かうとき信号待ちをしていたら、私を呼ぶ人がいるんですよ。え?、と思ったら、7年ぶりぐらいにお会いする、銀座でお店をやっているママさんだったんです。お互い、あら珍しいわって。私も主人が亡くなったことなんかを話したら、『一度、時間があるとき私のお店に寄ってね、必ずよ』って言うんです」 2カ月ほどが過ぎて、なんとか時間をつくった佐藤さんはやっとお店を訪問した。 「そうしたら、週に1回でも2回でもいい、帝国ホテルの帰りにうちでバイトしてくれない?、と頼まれたんです。私なんかにできるかしら?、って申し上げたんですけど、とにかくいいからいいからって。それで、お手伝いに行ったのが、夜の銀座で働き始めた最初ですね。だから、私は子どもを大きくしたいし学校も出したい、そっちの考えばっかりで。たまたまご縁があって銀座になっちゃったのね」
明るい性格が不思議と銀座の水に合う
ところがやがて、お店の状況に不安を感じるようになったという。 「私も毎日出ているわけではないのに、1人もお客さんがこない日があるんです。いいのかしら、大丈夫かしら?と思っても、ママが友達だから逆に聞けなくて。それで、あるとき思い切って、お店の帳面を見ている経理の女性に、『大丈夫なんですか』と単刀直入に聞いたんです。『毎月250万円の赤字でやっていかれる状況じゃない』って言うんですよ」 大口の常連客だった船舶会社が倒産した煽りを受けて、店の経営が立ち行かなくなってきたという。 「挙句、当時は掛売り(即金でなく一定期間後に代金を受取る約束で売ること=ツケ)の時代ですから、借金もかぶっちゃった形になっていて。私は一切、そんなこと聞いてなかったの。それは大変だと思って、知り合いの男性たちに連絡をとったんですよ。そうしたらね、皆さん『え!銀座のクラブで働いてるの?』なんて驚いてね、なんとなくポツリポツリとお客さまとしてきてくれるようになったんですよ」 客が客を呼び、店は忙しさを取り戻し活況を呈した。 「私、取り柄はないんですけど、とにかく性格だけは明るかったの(笑)。お客さまが途切れなくなり、経理の女性も『難関が突破できそうです』っていうぐらい回復したんです。250万円の赤字が埋まったからには、それぐらいは儲かったんでしょうね。女の子が100万稼ごうと思えば、300万は売り上げなくちゃいけません。ママからは、少なくてごめんね、と40万円を手取りでいただいていましたが、帝国ホテルと合わせて月収70万円ぐらいにはなっていました。これは、こういう商売をしたほうがいいなと思ったんです」