「Y子ちゃん! しっかり!」「いやー!」台風で41人が遭難→冷たい豪雨は容赦なく体温をうばい…倒れた女子大生の容態は
「Y子ちゃん! しっかり!」
みんなは無言で立ち上がった。ずっと同じ格好で座り込んでいたのだから体の節々も痛いだろうに、ほとんど声も出ない。そして無表情であった。重い足どりで登り出した。 M短大のNさんがフラフラして自力では歩けない。仲間が両側から抱えて登っている。靴下の上にビニール袋をはいただけのMさんは、ビニールが滑って何度もころんでいる。そのたびに心配そうに仲間が支えている。 Nさんがとうとう倒れてしまった。 「Y子ちゃん。しっかり」 「Y子ちゃんダメー」 「しっかりしてY子ちゃん」 「Y子ちゃん」 緊迫した声が、雨の山中に響き渡る。 少しは雨よけになる木の下に運び込んで、4人で手足胴体をマッサージする。顔は蒼白である。脈はなかなか捉えられないほどに弱々しい。頬をたたいたり、呼んだりしながらマッサージは続けられた。 他のメンバーは、とにかくできるだけたくさんの枝葉を集める作業に入った。下山できても木の枝を大量に折った咎(とが)はまぬがれないな、と思いながらもたくさんの枝を折った。雨は容赦なく降っており、目を開けていられないほどに濡れながら、みんなは黙々と枝を折り続けた。ナイフもナタも軍手さえなく、手がかじかんだり、木のはだが刺さって痛いと思っても作業をやめることはできない。体は少しずつ温まってきた。 少し太めの枝がいる。できれば径10センチは欲しいところだが、そうそううまく落ちてはいない。それでも山中を探し歩き、見つけてはずるずる引きずって運ぶ。葉の付いた枝はだいぶ集められたが、細木が足りない。だがNさんの容態が思わしくない。時折、「Y子ちゃん! しっかり!」「Y子ちゃん! ダメー!」と緊迫した声が響いてくる。一刻も早く小屋を作らねばならない。
名前を呼びながら懸命のマッサージ
小屋といっても、ハイマツに毛の生えたようなものを作ろうというのだ。時間さえあったら、そして十分な用具と十分な材料があったら、しっかりした小屋が作れるだろうが、なにしろすべてない。折って集めたトウヒとシラビソの枝だけである。 適当な立ち木に細木を立てかけたり、斜面と窪地を利用して細木を立てたり渡したりして骨組みを作り、その上に折って集めた枝葉を載せる。横の隙間も、細木を適当な間隔で立てて枝葉で埋める。わりあい雨風はしのげる。 小さな小屋が三つできた。最初にできたところにNさんを運び込む。急いで作ったうえに高さが十分でなかったため、座ってはいられない。不幸中の幸いというか、寝ころがらなければ入っていられないために、彼女をあお向けに寝かせ、リーダーのFさんとサブリーダーのDさんが同じように寝ころんでもぐり込み、両側から彼女を温めてやることができた。マッサージも続けられていた。少しでも元気な仲間は、小屋の外から雨に濡れながら彼女の足をマッサージしている。「Y子ちゃん元気イ」と声をかけると「元気ィ」と弱々しい返事がある。 さらに枝葉を集め隙間につめる。傘も使って、屋根にしたり壁にしたりする。雨は相変わらず降っている。 突然「Y子ちゃん! ダメー!」「Y子ちゃん! いやー!」「Y子ちゃん! ダメー! 向こうから入ってマッサージして!」と悲痛な声がした。他大学の人たちも駆けつけて来る。そして互いに顔を見合わせながら心配して立っていた。 「Y子ちゃん! Y子ちゃん! しっかり!」 「Y子ちゃん! Y子ちゃん!」 名前を呼びながらの懸命なマッサージが続けられた。マッサージしかする方法がない。リーダーのFさんたちの涙ぐましいマッサージの甲斐あってNさんは一命をとりとめた。 M短大の女の子たちはあと2人ほど軽いケイレンを起こしだした。そのたびに、隣同士で名前を呼びながらのマッサージが繰り返された。マッサージしか術がないのだ。小屋番は血の気が失せるようだった。 「私、お姉さんを絶対許さない」台風で遭難→着のみ着のまま雨の中に逃げ出し…小屋番が“謝る時は今ではない”と考えたワケ へ続く
桂木 優/Webオリジナル(外部転載)
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