完成の向こう側を見せる。岩井秀人最後の『て』に対する大倉孝二の疑問
『て』が繰り返し再演される理由
──稽古のようすはどうですか? 岩井 みんなに「こういうことやってみたいんだけど」とお願いすると、みんな一発でできてしまうんですよ。だから稽古がすごいスピードで進んで、昨日休みになりました(笑)。 大倉 やっている方としては、進んでいる実感はないです。 岩井 大倉さんには「稽古1か月って、1か月も何するの?」と昔言われたことがあって。それは大倉さんがちょっと特殊な現場にいることが多いからだと思うんですけど。 大倉 KERA作品……。 岩井 言っちゃった(笑)。 ──これまでの公演と、演出面ではどう変化しそうでしょうか? 岩井 喜劇部分をもっと喜劇に振ろうということはありつつ、まだ明確に言語化できていない面もあるんですけど。初演はもう、自分の体験だから内蔵を触られているような感覚で演劇にしていたんですけど、いざ上演してお客さんからいろんな感想をもらったり、年数を重ねていったりすると、自分の話ということがどうでもよくなっていく。自分が感情と体験をガッチガチにくっつけて抱え込んでいたんだなということが、何年もかけてわかる。それは、『て』だけではなく、『ヒッキーカンクーントルネード』とか『夫婦』とかの上演、再演を通じて自分の父と母をいろんな人にやってもらったからでもあるんですけど。だから今は純粋に作品として作れる。そういう意味で今回は完全版という感じがしています。 ──先ほど「楽しそうに演出している」というお話がありましたが、大倉さんは岩井さんからどのような演出を受けていますか? 大倉 まだあまりお芝居のことは言われてなくて。ただ、けっこう感情とは関係なく「ここはダイナミックにこんなふうに動いてくれ」とか、「ここはこっちの目線だからこうなっていてほしい」とか言うんですよ。野田さんくらい飛び越えた世界観の作品の場合はそういうことはよくありますけど、こういう作風のなかでも「生理とか感情切ってもここはこう見せたい」と役者を演出する人は初めてで。このルールを楽しまなきゃと思っています。あと、ずっと疑問に思っているのは5回も6回も再演するのはなぜなの、ということ。いつか聞こうと思っていたんですけど。 岩井 そうだったんですか? 僕、旗揚げ作品が『ヒッキーカンクーントルネード』という自分が引きこもったときの話を書いたものなんですけど、それを初めて上演したとき、「じゃあ次の作品を作ろう」よりも「これをまだ1億人以上の人が観てないんだ」と思ったんですよ。新しいものを作りたいよりそっちが優先だなと。最初からひとりの作家の代表作なんて3本あれば十分とも思っていて。だからそれくらい作品を作ったらもうそれを回していこうという思いがすごくありました。 大倉 初日の挨拶で「もう完成は観た」と言っていたじゃないですか。完成を観たものをまだやろうとしているのか、今回はどうしようと思ってるんだろうと。 岩井 でも、今回やる甲斐はあるともう思ってますよ。大倉さんが演じているのを見て「えーそうなるのか!」と思ったりするし。 大倉 岩井くんと、過去に出演したことのある人はこの作品について理解していて、初参加の人間がちょっとおろおろして(笑)。今の時点でできてないのは芝居だけ。不思議な感じです。 ──完成の先の「完全版」を楽しみにしています。 岩井 『て』は僕にとって名刺代わりの作品だけれど、僕自身の演出と出演はこれで最後にしようと思っていますし、すごく自信を持ってやりますので、ぜひ観に来ていただければと思います。 大倉 僕としては、今自信を持って何も言えることは全くないんですよね。ずっと迷子のままなんですけど。見どころはきっとお客さんのほうがわかってくれると思うので、そういうことも考えずに役に向き合いたいと思います。 取材・文:釣木文恵 <公演情報> ハイバイ20周年『て』 作・演出:岩井秀人 出演:大倉孝二 伊勢佳世 田村健太郎 後藤剛範 川上友里 藤谷理子 板垣雄亮 岡本昌也 梅里アーツ 乙木瓜広 / 岩井秀人 小松和重 【東京公演】 2024年12月19日(木)~29日(日) 会場:本多劇場 【富山公演】 2025年1月8日(水)・9日(木) 会場:富山オーバード・ホール 中ホール 【高知公演】 2025年1月18日(土) 会場:高知県立県民文化ホール グリーンホール 【兵庫公演】 2025年2月1日(土)・2日(日) 会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール