『アニエス V.によるジェーン B.』親愛なるジェーンへ、ジェーン・バーキンへの“返信”
『アニエス V.によるジェーン B.』あらすじ
ジェーンが40歳の誕生日に、自身の30歳の誕生日を回想する間、アニエス・ヴァルダの伝説の女性への尽きることのないイメージがヴィヴィッドに展開する。その空想は、犯罪映画の妖婦、サイレントシネマの凸凹コンビ、モンローのように男たちのファンタジーの対象である女性、よくあるメロドラマの恋人たち、西部劇のカラミティ・ジェーン、ターザンのジェーン、そしてジャンヌ・ダルクへと、ジェーンのイメージを自由自在に拡張させていく。アニエスはまるで自身が画家でもあるかのように、ジェーンを名画の中に息づかせることも忘れない。一方で綴られるジェーンの日常のスケッチ。そこにはセルジュ・ゲンズブールや娘たちとの時間も織り込まれる。
肖像画と反肖像画の間に生まれるもの
「何かを恐れるということは、人をより繊細にすると私は確信しています」(アニエス・ヴァルダ)*1 娘のシャルロット・ゲンズブールと共に『冬の旅』(85)を見たジェーン・バーキンは、監督のアニエス・ヴァルダと主演のサンドリーヌ・ボネールに手紙を送る。ジェーン・バーキンにとって、それは生まれて初めて書いたファンレターだった。『冬の旅』という作品の衝撃に、当時多くのファンレターが寄せられたというが、ジェーン・バーキンもその一人だったのだ。アニエス・ヴァルダは手紙に書いてあることがよく分からず、ジェーン・バーキンと直接会うことを約束する。 二人の出会い。40歳になることが怖いと悩みを打ち明けるジェーン・バーキンを、18歳年上のアニエス・ヴァルダが励ます。女性にとって40歳は最高の年齢だと。アニエス・ヴァルダは季節をテーマにした映画を一緒に撮ろうとジェーン・バーキンに提案する(このアイデアはジャン=ピエール・レオの出演する秋のシーンや、ジェーン・バーキンが喜劇役者ローレル&ハーディのローレルに扮する冬のシーンとして残されている)。そして世の中にある伝記映画の真逆の方法論をとることを提案する。ジェーン・バーキンが出演していない“架空の映画”によって、俳優の業績を振り返るというアイデアだ。『アニエス V.によるジェーン B.』(88)は純粋な伝記映画に背を向ける、肖像画であり反肖像画的な映画だ。しかし虚実は入り混じっている。本作にはジェーン・バーキンが実際に経験したことも盛り込まれている。 アニエス・ヴァルダのプロデュースにより、ジェーン・バーキンは絶え間なくイメージを変容させていく。永遠へ向けたタイムトラベルのようであり、終わりのないスクリーンテストのようであり、イメージブック、あるいはスクラップブックのような作品。ジェーン・バーキンというイメージは、覆い隠されながら、同時に露わにされる。カメラ目線への恐れが、ジェーン・バーキンの魅力を無限に高めている。ジェーン・バーキンの好きなところを聞かれたアニエス・ヴァルダは、どんなことが起ころうと人生で起きたことを消さないところだと語っている。