『画家と泥棒』リアルかフェイクか? 3年半の密着取材が捉えた摩訶不思議な絆 ※注!ネタバレ含みます
『画家と泥棒』あらすじ
※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。 2枚の絵画が何者かに盗まれた。画家は犯⼈を突き⽌めるも、犯人は「覚えていない」の⼀点張り。「あなたを描かせてー」画家の突然の提案から、思いも寄らない2⼈の関係が始まる。
絵を盗んだ泥棒と、泥棒の絵を描く画家の物語
多くの人が、「できすぎた物語」を信じることができず「リアリティがない」と言う。一方で「できすぎた実話」も「リアルじゃない」と言われがちだ。2020年のサンダンス映画祭で審査員特別賞に輝いた『画家と泥棒』は、「あまりにもできすぎている」という理由でフェイクではないかと疑う人が絶えないドキュメンタリー映画だ。 ことの発端は、2015年にノルウェーの首都オスロで起きた盗難事件。とあるギャラリーで展示された2枚の油絵が盗まれたのだ。一枚は200cm×140cm、もう一枚は150cm×230cmとかなりの大きさである。 犯人は、絵を木枠に固定していた200本の釘を丁寧に抜いてキャンバスだけを丸めて持ち去っており、その手際の良さからプロの犯行だと推察された。2人の実行犯は大胆にも防犯カメラから隠れようともせず、身元が特定されてほどなくして逮捕された。 絵の作者バルボラ・キシルコワは「無名な自分の絵がなぜ?」と奇妙に思い、裁判所で犯人のひとりと面会した。盗んだ理由を尋ねると、ベルティルという名の泥棒は「キレイだったから」と答えた。絵はどこにあるのか訊くと「ラリっていてまったく覚えてない」という。 控えめに言っても疑わしい返答だが、バルボラは信じた。もしくは信じることにした。むしろ絵を取り返すよりも優先すべきことが生まれた。ベルティルの佇まいに強く心惹かれたバルボラは、全身にタトゥーを彫り込んだ泥棒に「絵のモデルになってほしい」とお願いしたのだ。
3年半の密着取材が捉えた摩訶不思議な絆
この事件は新聞の一面を飾り、オスロ在住の若き映画作家、ベンジャミン・リーの興味を惹いた。リーはもともと10分程度の短編ドキュメンタリーを想定していたが、ある場面に遭遇したことで考えを改めた。絵に描かれた自分の姿を見たベルティルが、全感情が決壊するような激しい反応を見せたのだ。 動揺したベルティルの表情はあまりにも内面の奥深くをさらけ出していて、観客であるこちらが目撃してよかったのだろうかと当惑するほどだ。もしこの場面がフェイクなら、ベルティルはアカデミー賞クラスの天才俳優に違いない。 バルボラはDeadlineのインタビューで、最初にベルティルに会った印象を「悔恨と悲しみに包まれ、脆く傷つきやすい様子に驚いた」と語っている。バルボラはベルティルを犯罪者としてではなく、繊細さを持ったひとりの人間として描いた。絵を目にしたベルティルは、それまで誰も気づくことのなかった自分自身を見出したのかもしれない。 やがてバルボラとベルティルは、それぞれにさまざまな苦難に見舞われながらも交流を深め、一種のソウルメイトのような関係を築いていく。リーは3年半にわたって2人の人生を追い続け、『画家と泥棒』は死に魅せられた芸術家と、麻薬中毒で荒んだ人生を送ってきた孤独な男の奇妙だが力強い絆の物語となった。