【#佐藤優のシン世界地図探索69】イスラエルはいま建国以来の危機
――トランプよりあっぱれな国家指導者であります! 佐藤 そして、内閣は極右派のふたりに牛耳られています。では、その極右派が何を主張しているのか? まず財務相のスモトリッチは、ユダヤ人至上主義者です。ユダヤ人は優秀な人種で、それ以外の人間はユダヤ人に従うべきだという人種主義者です。 ――まさに極右! 佐藤 それから、もうひとりのベングビール国家安全保障相は、かつて中東和平を実現したラビン首相を暗殺したグループに属しています。要はテロリストです。 このふたりの主張は、ガザからパレスチナ人を追い出してユダヤ人を入植させ、"ユダヤ人の地"にするというものです。 ――すさまじい国家安全保障です。 佐藤 現在のネタニヤフ政権は、このふたりに引きずられています。 ――すみません、それってイスラエル建国の精神から外れていませんか? 佐藤 外れていますよ。 ――ネタニヤフ首相はいま辞めると刑務所へ。だから、テロリストふたりのいうことを聞いて、いま、ガザの戦いが続いている。 佐藤 そういうことです。 そして普通であれば内閣を倒しますが、イスラエルの現状ではできません。どうしてかというと、ヒズボラとイランがいるためです。 彼らの立場は、イスラエルがこの世の中から存在してはいけないということ。ならば、イスラエルが内政で混乱しているチャンスがあれば、そこを攻めないといけません。 ――だったら、いまが最大にして最良のチャンスではないですか? 佐藤 そうです。だからネタニヤフを辞めさせられないのです。"ネタニヤフ降ろし"を行なえばヒズボラが攻めてきます。そういう緊張状態にイスラエルは陥っているのです。 ――どこかに活路はないのでしょうか?
佐藤 いま、ヒズボラ、イラン、イスラエルは戦争をしたくない状況です。 しかし、その微妙な均衡が崩れると、戦争を始めざるを得ません。もし全面戦争に至った場合、イスラエルは最終的に核兵器を使ってでも勝利しようとします。しかしそんなことをした場合、イスラエルは国際的に孤立します。 ――イランの大統領が「国際対話派」という穏健派の人物になりましたね。 佐藤 はい。そのことによって、不確定要素がひとつ消えました。ただ、依然として最大の不確定要素であるネタニヤフが残っています。 ――これって、イスラエル建国以来の危機なんじゃないですか? 佐藤 そう思います。建国以来の最大の危機です。 ――解決方法はどうすれば? 佐藤 ネタニヤフが現実策に転ずることです。ネタニヤフにそれができないならば、極右の閣僚のふたりを排除して、挙国一致内閣で現実的な方策を取るしかないでしょう。 つまり、ハマスの要求を全面的に飲んで、人質を釈放する方向に向かわなければ解決しません。 ――そしてその後、何年もかけてハマスに復讐する。 佐藤 それはそうです。だからいま、その脆い均衡が崩れるか崩れないか、そこでの葛藤が続いています。世界で一番緊張しているのはイスラエルです。 ――状況はウクライナ情勢よりも難しいのですか? 佐藤 かなり難しいですね。しかもみな、それぞれの立場に縛られていますから。 しかし、均衡が崩れると、イランとしても、ヒズボラとしてもイスラエルに攻め入らなければなりません。そして、イスラエルもそういう隙を示したら終わりです。これらの要因がさらに事態を難しくしています。 ――イランがいまは戦争をしたくないのは、まだ、自国で核兵器ができていないからですか? 佐藤 その通りです。イスラエルには核がある。それが首都・テヘランに飛んできたら終わりですから。 ――いまはイランに核で報復する手段がないだけの話。開発できれば、すぐにイランは戦争を始める......。 佐藤 いま、核兵器を含めた複雑なゲームが行なわれているのです。これまでの危機とは緊張のレベルが違います。 次回へ続く。次回の配信は2024年8月9日(金)予定です。 取材・文/小峯隆生 写真/CNP・時事通信フォト