知るほどに深く面白い! “大人の遊び”「香道」の世界とは?
石井 視覚は確認作業だというのはとても面白いですね。香道では見る・聞くではない嗅覚の部分で感じる、そのことで、何かが開いてくるとか、アンテナが立っていくような感覚になるのでしょうか。 蜂谷 嗅覚は五感の中でも一番大切だと思います。実は私は20代の頃に一度脳腫瘍で死にかけたのですが、失明する前提で手術を受けました。でも不思議と怖くはなかった。ご先祖様が護ってくれているから、絶対に死なないと。香道の家元になるのだから、嗅覚さえあれば目が見えなくなってもいいとさえ思っていました。 石井 病気の後で何か変わったことはありましたか、感覚の違いとか。 蜂谷 まだその頃の私は若かったので、人生が一変したとか、すごい感覚が覚醒したなんてことはなかったのですが、この歳になってきて、あの酷い頭痛の日々と、辛い手術を乗り越えてきた経験は、未熟な私の人間性や精神の向上に役立ってくれたのだと言えます。そして、普段素通りして見過ごしていた路傍に咲く小さな花の色の濃淡が濃くなって、意識が向くようになりました。 沈香の香りを感じ取り、自分の思いを和歌に認めるのも、一文字一文字にその人の人柄が滲み出てくる書にしても、やはり人生経験が大きく関わってくると思います。病気は偶然なるものだから、わざわざ経験するものではないけれど、例えば一生を賭けたような恋愛をしてみる、フラれて人生のどん底を味わう、そんな経験の多寡が人間の情の部分を作ると思うので、そういった意味ではいろいろ経験しておけばいいと思うのです。 石井 経験か~。 蜂谷 香道は高度な美意識が求められる究極の遊びです。受験勉強で学ぶ知識は役に立ちませんね。聞香作法を繰り返し稽古するだけでなく、人生経験も同じくらい大事なのです。中途半端はいけませんね。遊びつくす経験も必要かと(笑)。 石井 いいこと伺いました!
【ポイント】
■ 沈香ができるまでには100年以上の年月がかかる ■ 木や自然と対話することが大切 ■ 人間も本来、体と感覚全部で外の情報を捉える機能を持っている ■ 香道を学ぶには作法だけでなく人生経験そのものが大切