生きやすさを感じて生きてたら、絵は描いていない。「顔のない肖像」を映し出す榎本マリコの視点
誰でもなく誰でもある。顔のない肖像画を描くようになった理由
―アーティストとして活動するまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか? 榎本:絵は子どもの頃からずっと描いていました。高校卒業後はファッションの専門学校に通って、最初はスタイリストのアシスタントの仕事に就いていました。そのスタイリストさんは、アートディレクションもされている方で、いろんなアーティストとコラボレーションをしながら作品を発表していて。私自身もその仕事からかなり刺激を受けて、当時ファッションの世界でも活躍していたシャルル・アナスタスやジュリー・ヴァーホーヴェンといったイラストレーターの方々の作品を拝見しながら、自分でも思いついたら絵を描くようにしていましたね。 そうしているうちに、一から自分でつくる方向に行きたいと思い、アシスタントをやめて独学で絵を描き始め、イラストレーターとして活動を続けていきました。 ―その頃から現在の作風は確立されていたのでしょうか? 榎本:そうですね。当時から絵でしか表現できない世界というか、写真では表現できない世界とかそういったものを描いていたので、そんなにブレていないと思います。とはいえ、最初の頃は結構しっかり顔を描いていました。ただ、顔を描くと絵が強くなりすぎるというか、「この人」に限定されてしまう感じがして、徐々に別のモチーフを顔の上に描くようになり、いまの作風ができていきました。 初期作から最新作までをまとめた作品集『空と花とメランコリー』の帯に、編集者さんが「誰でもなく誰でもある」というコピーを描いてくださったのですが、まさに自分が描いてきた絵を言い表しているなと思います。 ―作品を振り返ると、近年描かれた絵はこれまで以上に重厚感や雰囲気が増しているように感じます。 榎本:油絵で描くようになったからだと思います。それこそ、初期は鉛筆で描いていて、その後もしばらくの間はアクリルで絵を描いていました。油絵はずっと描きたかったけれど、ずっとイラストレーションとして絵を描いていたので、難しそうに感じてしまって手が出せないでいたんです。だからアクリルで絵を描いていたときも、どうにか油絵の質感で描こうとしていましたね。 ギャラリーに所属してアーティストとして活動をするようになると、いろんな方から「油絵のほうが世界観が絶対合ってるから、チャレンジしたほうがいいんじゃない?」というお声をいただくようになって。ようやく重い腰を上げて油絵を描き始めたんです。 ―榎本さんの作品の代名詞とも言える顔のない肖像画には、人物だけではなく風景や動物、植物などがモチーフとして描かれ、その奇想天外な様子が目を引きます。どのような発想で描いているのでしょうか? 榎本:モチーフ一つひとつにはそこまで意味を持たせていないんです。ただ、絵を描き始めた頃から、絵でしか表現できない世界を描きたいというのが第一にあったので、浮かんできた潜在的にあったものや記憶に引っかかっているものを、ポンポンポンポンとコラージュするような感覚で置いていっています。 絵を見てくださる方からは意味深に捉えられることが多いのですが、それはきっと、皆さんの置かれてきた環境とかにリンクしているからなのかなと思っています。だからこそ、私自身はそこまでそれぞれのモチーフに意味を与えようとせずに描くことを続けています。 ―しっくりくるモチーフやその配置にたどり着くまで、どのような試行錯誤をされているのでしょうか? 榎本:ラフの段階でいろんなバリエーションで描いてから決めていますね。そのときの感情とか、ハッとさせられたこと、触れてきた人の感情を表現するには、どんなモチーフを描けばいいかなと、そういうことを楽しみながら考えています。