スティーブ・ジョブズの「突然の訃報」...『スティーブ・ジョブズ』の翻訳者が世間とは違う「意外な反応」をした「納得のワケ」
小説家、漫画家、編集者、出版業界の「仕事の舞台裏」は数あれど、意外と知られていない出版翻訳者の仕事を大公開。『スティーブ・ジョブズ』の世界同時発売を手掛けた超売れっ子は、刊行までわずか4ヵ月という無理ゲーにどうこたえたのか? 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』(井口耕二著)から内容を抜粋してお届けする。 【漫画】頑張っても結果が出ない…「仕事のできない残念な人」が陥るNG習慣 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』連載第9回 『ラストスパートなのに「翻訳せずに待て」...急ピッチの「翻訳劇」のウラに隠されていた衝撃の「裏事情」』より続く
スティーブ・ジョブズの死
下巻訳稿の残り3分の1、第37~41章はこのあと数日をかけて仕上げ、10月5日水曜日の夜、編集さんにお渡ししました。スティーブ・ジョブズが亡くなる前夜でした。そしてこのとき、刊行の前倒しを米国が決めた、編集・ゲラ、印刷、製本、配本など後工程に使える時間が7週間から3週間に縮むと言われました。がんばればどうにかなるレベルではなく、不可能としか言いようがないスケジュールです。 そして、2011年10月5日(日本時間10月6日)、スティーブ・ジョブズが亡くなりました。亡くなったというニュース、私は、SNSの大騒ぎで知りました。すぐにテレビをつけ……ませんでした。『スティーブ・ジョブズ』上巻のゲラが届いていて、その修正作業に入っていたからです。刊行前倒しで、集中力が続くなら、それこそ、トイレに行く時間もなくしたいくらいせっぱ詰まっていましたから。 前日に危ないという話も聞いていましたし、ああ、亡くなってしまったのかと事実だけ受け入れ、そのままゲラ修正の作業を続けました。
彼に対してできる一番の供養
そもそも、そろそろさすがに危ないからと引き継げるものは引き継ぐなど、いなくなる準備を進めてきていること、そういう状態であることをしばらく前からそれなりに知っていたという意味において、私は、世界で上位100人くらいには入っているはずなのです。 『スティーブ・ジョブズ』の原稿に書かれているのですから。それを訳してきたのですから。ごく身近な方々ほどリアルではなく、あくまで文字で伝えられる範囲で、ではありますが。 原稿でそのあたりを読んだときには、ああ、さすがにもう無理なのかと、正直、悲しくなりました。ですが、実際に亡くなったころには、もう、しかたのないことだと受け入れていたように思います。 そして、追悼企画の寄稿にも書いたのですが、『スティーブ・ジョブズ』上下巻を少しでもいい形で読者の方々に届けることが、私が彼に対してできる一番の供養なのだと。ある意味、すごく細い糸ではありますが、つながっている関係者の端くれとして。