クドカン最高~!ドラマ「不適切にもほどがある!」から目が離せない理由
宮藤官九郎さんの脚本で、昭和と令和を舞台に展開している話題のドラマ『不適切にもほどがある!』略して「ふてほど」。40代以上ホイホイと化しているという説もあるほど、昭和生まれに刺さっているようです。 独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。
懐古趣味や昭和礼賛ではない
思わず吹き出す笑いも懐かしさもてんこもり、情報量が多いうえに、ハッと考えさせられることも多すぎる『不適切にもほどがある!』。 阿部サダヲ演じるTHE昭和脳のオヤジがたまたま令和にタイムスリップ、ハレーションを起こしつつも、うっかり活躍してしまう物語だ。差別や女性蔑視の発言が当たり前に許されていた野蛮な昭和と、その野蛮さを前近代的ととらえて改善の一途をたどり始めた令和を比較する構図があって、どちらも体感した世代にとっては恥ずかしいやら耳が痛いやら懐かしいやらでね。細かいネタやセリフがツボで、いちいち反応しちゃうし、役者陣が実に最適な配置でしびれまくるので、腹筋と眼筋がどっと疲労するドラマだ。 ただし、懐古趣味に走って昭和礼賛を促すわけではない。3つのポイントでまとめてみよう。
子どもはけっして親の思い通りにはならない
アベサダが演じる小川市郎は中学校の体育教師。「地獄の小川」と呼ばれるほどの鬼教師で、地元では有名だが自分の子育てはうまくいっているとは言えない状況。妻に先立たれ、高校生の娘・純子(河合優実)をひとりで育てているが、絶賛思春期(ほっとくとすぐに男を連れ込もうとする)。純子が変な男と付き合わないよう過干渉になる市郎だが、純子は純子で母亡き後に落ち込んだ父に活力を与えるために、わざとつっぱっている。父娘がお互いを思いやるあまりの空回りが切なく微笑ましく描かれる。 また、令和からタイムトリップしてきた母子も登場。社会学者でフェミニストの向坂サカエ(吉田羊)は、元夫(三宅弘城)が開発したタイムマシン(なぜか都バス型)に乗って、息子のキヨシ(坂元愛登)とともに昭和にやってくる。優しく穏やかなキヨシは令和で不登校だったものの、昭和に来てからは学校へ行き始める。モチベーションはふらち(純子にひとめぼれしたこと、テレビの地上波でおっぱいが観られることなど)ではあるが、自由で野蛮な昭和でのびのび。そもそも差別や蔑視をしないよう、サカエが英才教育してきたのだが、キヨシはそれを守りながらも、親の想像をはるかに超えていく(キヨシは男子と付き合ったり、キスした経験もある)。 「ひとり親の奮闘と空回り」がひとつのテーマだとわかる。実はもう一組、父娘がいる。市郎が令和で恋をした女性・犬島渚(仲里依紗)も、乳飲み子を抱えて劇中で離婚することに。渚自身も、幼い頃に母を亡くし、父・ゆずる(古田新太)と暮らしてきた。描かれる家族の形態が基本的に「ひとり親・ひとりっ子」。子どもは親の思い通りにはならないが、みなそれぞれに成熟している様子が描かれる。両親や祖父母が揃い、きょうだいもなぜか多い「大家族」というホームドラマのいわゆる定番を覆した。 第5話では、渚が市郎の孫であることが判明。時を経て、タイムスリップしたからこその邂逅。昭和・平成・令和を通した親子3代の物語が見事につながった。