NHK大河「花燃ゆ」主人公の兄「吉田松蔭」とはどんな人物?
インドや清の二の舞になる――そう考えた松陰は、藩主に幕府批判の意見書を出します。これに収まらず、老中首座の間部詮勝(まなべあきかつ)の暗殺計画を立てたのです。松陰は塾生に「国に忠誠を尽くし、大義の行動に出よ(草莽崛起)」と説いていました。塾生たちは必死で松陰を止めようとしましたが、松陰は聞く耳をもちません。狂熱な「尊攘」の病に冒されてしまったのです。 塾生たちはしだいに松陰の元から去っていきました。この年の暮れ、松陰は再び牢屋「野山獄」に送られます。獄中での松陰は、錯乱状態だったとも伝えられます。翌年、江戸に送られ、死罪が申し渡されました。冒頭の肖像画は、江戸送りの前に描かれたものです。 私利私欲なく、最後まで素直に公に殉じた松陰。遺書には「処刑されても、わたしの大和魂は朽ちることはない」という意味の歌を残しています。「学問好き熱血教師」のDNAは教え子たちに受け継がれ、のちの時代に開花するのでした。 (教材編集者・大迫秀樹)