「コスパのいいこと」だけやり続けた人の末路【ヤマザキマリが教える】
● 想像力は自分に羽飾りを着けるためではなく 感情の経験値を増やすためにある 想像力は大事だが、「想像力は自分に羽飾りを着けるために使うのではなく、自分たちの視野や理解力に幅と奥行きを広げるためにあるもの。想像力をうまく使いこなせば、社会でのさまざまな軋轢ももう少し抑制されるのではないかと思うのですが」と言う。 良い社会をつくるために寛容性が必要で、その源が想像力なのだ。 「自分では納得ができないことを言っている人に出会ったとき、なぜその人はそう考えるのか、そういう考え方はどうして生まれるのか、認知してみようと思う力や好奇心を養うことがとても大事です」 頭では分かっていても、なかなか実行に移すのは難しい。そんなときこそ本を読んだり映画を見たり旅をすることも大事だと言う。 「旅や読者や映画を見ることは新しい価値観や世界観を見いだし、異端に対しても拒絶ではなく理解を深めるきっかけになります。自分の心身の生命力を豊かに、そして頑強にするためのそうした努力こそ、健やかな知性の在り方ではないでしょうか」 『テルマエ・ロマエ』が大ヒットし、映画化もされて以降、ヤマザキさんは多忙を極めてきた。 「一時期、漫画だけで5本連載、エッセイだけで8本連載なんてこともありました。今はさすがにそこまでではないですが。働き過ぎるとおのずと体調にきますよね」 その反省を生かして、いまは「無理をしない」ことを心がけている。「インプットも大事です。表現者は自分の畑を耕して作品という農作物を生み出しています。良い土にするために、読書や映画以外にも、美術館へ行ったり音楽会へ行ったり、大自然と接したり、そういう良質な触発という肥料を定期的に補給します」
現在は『続テルマエ・ロマエ』をウェブで連載中だ。 「ウェブは紙媒体に比べると、締め切りなどで融通が利くので、病気になるなど体力的に苦しいときに、公開時期をずらすことを検討してもらいやすいので助かります。でも1回甘えてしまうと、更新のペースが乱れていくようになってしまい、よくありませんね(笑)」 ファンとしては続きが少しでも早く読みたいが、働き方改革が推奨される時代であるから仕方ない。 「雑誌連載のときは、さまざまな工程を経るので、ちょっと体調が悪くても、出版社の方をはじめ、関わっている方々に迷惑をかけたら申し訳ないという気持ちで、休めませんでした。でもいまはウェブのおかげでそこまで無理をしなくて済むことはありがたいですね」 ● ウェブの漫画連載では 「コメントに励まされている」 ウェブのいいところはもう一つある。 「不特定多数の方に読んでもらえることです。雑誌はその雑誌を買っている方たちしか読めないけれど、ウェブだと普段はそんなに漫画や特定の漫画雑誌を読まない人たちにも読んでもらえる可能性があります」 また、読者のコメントがすぐに読めることもポジティブに捉えている。 「これまではレビューやコメントは絶対に読まなかったんです。匿名で好き勝手なことが書けるネットでは最悪な思いをたくさんしてきたので、そのトラウマですね。 でも『今回はいいことしか書いてないよ』と友人に言われて、どれどれほんとかな?と怖いもの見たさでのぞいてみたら、本当にみんな楽しみにしてくれているのが分かって、素直にうれしかったです。『ゆっくりのペースでもいいから、待ってます』などと書いてあると、病気に気を付けつつ毎月更新できるようもっと頑張らねばと思う。単純ですが、褒められて伸びるタイプなんで(笑)」 『テルマエ・ロマエ』『プリニウス』と古代ローマ人を主人公した漫画を描いてきたヤマザキさんにはイタリア人が日本に来て、日本の作家たちと交流する『ジャコモ・フォスカリ』という未完の作品もある。 『ジャコモ・フォスカリ』は実はドナルド・キーンさんがモデルで、1960年代の東京での三島由紀夫さんや安部公房さんとの交流が描かれています。ただ、戦後のイタリア文学もクロスしたネタなのでいろいろと調べる時間を要してしまい、今はいったん停止状態。でも思い入れの強い作品なので、いつか再開したいと思っています」
木俣冬