ホンダが60年近く前のF1マシンを走らせたワケとは? 今後のF1参戦に対する期待は“大”!?
イギリスでおこなわれた「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2024」で、ホンダはかつてのF1マシンを走らせた! 現地で見た、大谷達也がリポートする。 【写真を見る】角田裕毅が操る伝説のF1マシンなど(19枚)
F1の“過去”と“現在”をつなぐ
「やっぱりスターは違うなぁ」 グッドウッドにやってきた角田裕毅の姿を間近に見ながら、私はそんな思いを抱いた。 現役F1ドライバーである角田は、今年、ホンダの招きに応じる形でグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2024に参加した。 毎年7月、リッチモンド公爵がイギリス南部に所有する広大な私有地(東京ドーム968個分!)で、開催されるグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードは、いわば自動車の歴史と文化を称える祭典で、世界中のメーカーが「一度は出展したい」と、憧れる国際的な自動車イベントだ。ここに、今年F1参戦60周年を迎えたホンダが招待され、65年メキシコGPで優勝した伝説的マシン「RA272」を、日本からわざわざ持ち込んだのである。 しかも、ただ車両を展示するだけでなく、「ヒルクライム」と呼ぶ、一種のデモ走行をおこなうのもグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードの特徴のひとつ。そこで、RA272のドライバーとして白羽の矢が立ったのが角田だったというわけだ。 背景として、“およそ60年前のF1マシンを現役ドライバーの角田が操ることで、ホンダF1の過去と現在をつなげたい”というホンダの思いがあった。 それはそれで素晴らしいことだけれど、この話を最初に聞いたとき、私は「本当に実現できるのだろうか?」と、訝しがった。 なにしろRA272は60年近くも昔のF1グランプリを戦うために生み出されたマシンである。その最大にして唯一の目的は“間近に迫ったレースでコンマ1秒でもいいから速く走ること”であって、それからおよそ60年を経た自動車イベントでデモ走行をすることなど1mmも想定されていない。 しかも、この車両を管理しているホンダは、“可能な限りオリジナルの状態を維持すること”を、最優先しているので、最新のパーツに交換するなどして信頼性を高めた一部のヒストリックカーとは事情がまったく異なる。事実、RA272のメンテナンスを担当するチーフメカニックの川畑久は「本当はエンジンがかかるだけでも奇跡に近いことなんです」と、私に教えてくれたくらいなのだ。 事実、「ホンダ・コレクションホール」(栃木県)のテストドライバーで、これまで20年以上にわたってRA272の面倒を看てきた宮城光が搭乗した初日のヒルクライムでは、スタート地点でエンジンがなかなかかからず、予定していたのとは別の走行枠で出走するというハプニングが起きたほど。だから、角田がステアリングを握る2日目のヒルクライムで、エンジンが確実に始動するという保証はどこにもなかった。まずは、この点が私には気がかりだった。 それほどまでに繊細で、現代のF1マシンに比べればはるかにプリミティブなRA272を、角田が操れるだろうか……という点も、F1ドライバーに向かって畏れ多いことではあるけれど、私には心配だった。なにしろ、最新のF1マシンにはシフトレバーもクラッチペダルもない。角田がクラッチペダル付きのマシンでレースを戦ったのは、18年のFIA F4選手権がおそらく最後。それから6年も経っているのだから、私が不安に思ったこともわかっていただけるだろう。 それだけでなく、雨が降ったら走行はキャンセルされる(車両コンディション維持のため)とか、角田はその日の飛行機に乗って移動する予定があったため、イベント運営に大きな遅れが生じればドライブできない恐れもあった。つまり、かなりの数の偶然が積み重ならない限り、角田によるRA272の走行は実現できなかったのである。 ところが驚くべきに、本番当日は、それまでの数日間がウソのような快晴に恵まれた。これが最初の奇跡。しかも、角田がホンダのパドックにあらわれる時間が近づくと、どこからともなくファンが集まり始めたことにも驚いた。そこに姿を見せた角田は、ファンから求められるがままに、気軽にサインに応じている。 「やっぱりスターは違うなぁ」 私はそう思わずにはいられなかった。 実は、角田がRA272と対面するのはこの日が初めて。そこで、まずはドライビングポジションを整えるシート合わせをおこない、続いて宮城によるコクピットドリルがおこなわれたのだけれど、いずれもにこやかな雰囲気ななか、10分あまりで終了。そのあまりにあっさりとした展開に、 ここでも“やっぱりスターは違うなぁ”と、感じた。 そして本番。今回もエンジンの始動で多少、手間取ったけれど、その遅れは前日の比ではなく、予定していた走行枠にそのまま参加。私がちょっとだけ心配していた発進やギヤチェンジなども、角田はRA272を労りつつも、エンストさせることなく、しかもスムーズにこなしてしまったのだからさすがというほかない。 「スタート前に宮城さんから『お婆ちゃんとデートするつもりで、優しく扱ってね』と、アドバイスしていただいたんですが、このたとえが本当によくて、ゆっくり、そして丁寧に走らせてきました。おかげでクルマも気持ちよく走ってくれて、僕も楽しかったです!」 走行後、角田はそんな話を聞かせてくれた。 しかも、角田のマジカルパワーは、これだけでは終わらなかった。 実は、午後のセッションで、もう1度、RA272に乗る予定になっていた。が、角田の昇格が根強く噂されているレッドブルの22年型F1マシンである「RB18」に搭乗する予定だったセルジオ・ペレスが、イベントの進行が遅れた関係で会場から立ち去ってしまったため、代理で角田がこれをドライブすることになったのだ。 “型落ち”とはいえ、角田がレッドブルのF1マシンを操るのはこれが初めてのこと。だからといってレッドブル昇格が実現に近づくわけではないけれど、なによりも夢のある話だし、レッドブル昇格を世間にアピールするという意味でもいい機会になったような気がする。 というわけで、さまざまな幸運を引き寄せる角田は、“やっぱりスターだ”と、グッドウッドで再認識した次第である。
文・大谷達也 写真・本田技研工業 編集・稲垣邦康(GQ)