「なぜ抗生剤を出してくれないのか!」発熱した子どもを連れてきた母親がクレーム…小児クリニック医師が開業して「もっとも驚いたこと」
命懸けで抗生剤を選択
18年前に開業医になってぼくが最も驚いたことは、開業医がみだりに抗生剤を使うことだった。マジか! という感じである。それまで大学病院でぼくが診ていた患者は小児がんが中心だった。大量の抗がん剤を使うと副作用で白血球が正常の100分の1くらいまで下がる。すると患者は発熱するようになる。原因は、細菌が血液の中に入ってしまう敗血症という状態になるからだ。 そこで血液を採取して細菌培養という検査に出す。血液の中の細菌を調べるのだ。菌の種類が分かったら、その菌に何種類もの抗生剤を混ぜ合わせて、どの抗生剤が効くかをチェックする。そしてそのデータをもとに、患者に抗生剤を投与するのである。 抗生剤の選択を誤れば、最悪、患者は敗血症で死亡する。実際、難治性の小児がんである神経芽腫(しんけいがしゅ)は、当時、全国で患者10人のうち1人が副作用で死亡していた。 つまり細菌感染が患者の命に直結するケースでは抗生剤は必須の治療法であり、またそれを使いこなせないと患者の死につながる。抗生剤とはそれくらい重い治療法だというのが、ぼくが大学病院で学んできたことだった。
患者家族の方が賢くなっている
抗生剤の乱用は、ぼくが開業した18年前に比べれば少しマシになった印象がある。それは医者が賢くなったというより、患者が賢くなったのではないか。ぼくのクリニックは水曜日が休診日で、うちのかかりつけの子が水曜日に発熱し咳や鼻水が出ると、ほかのクリニックに行ったりする。木曜日にさっそくうちに来てくれて、昨日の様子を母親が説明してくれる。 「この子、水曜日になると熱を出すんです。困っちゃう。昨日、開いているクリニックに行って薬を出してもらいました」 母親が手渡してくれたお薬手帳をじっと見る。風邪薬がズラリと並んでいるのはしかたないとしても、強力な抗生剤がそこに混じっているとぼくはフリーズしてしまう。 ぼくが黙ってお薬手帳を見詰めていると、母親がぼくの視線に気づき、「でも、その抗生剤は飲んでいないんです」と言ってニコリと笑う。 患者家族の方が、医者より賢くなっているな。ぼくはつくづくそう思う。