写真はイメージです　Photo: Adobe Stock

　多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』（ダイヤモンド社）という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。 ●　「傾聴」とは何か？ 　「傾聴」をするうえで大切なことは、相手の心を動かした「エピソード（体験）」を聞き出して、その「エピソード」を追体験することです。 　それはいわば、相手にとって重要な「ワンシーン」をスクリーンに映し出して、一緒にそれを鑑賞するようなものです。そして、相手の「エピソード」にハラハラしたり、ドキドキしたり、怒りを覚えたり、悲しくなったりと、自然と「感情」が湧き上がり、相手の「感情」と響きあう「共感」が生まれます。そのような状態になったときに初めて、「傾聴」ができているのであり、私たちは「深い対話」ができているという感覚を覚えるのです。 ●　多くの人は「エピソード」を語らない 　ところが、相手から「エピソード」を聞き出すのは、実は簡単ではありません。というのは、「エピソードを教えてください」とお願いしても、ほとんどの人は「レポート（抽象的な要約）」で語ろうとしがちだからです。 　多くの人は、「息子が受験なのに勉強しないでゲームばかりしています」「チームのコミュニケーションが最近よくないんです」といった形で、単なる「抽象的な要約」（レポート）を報告するのです。問題なのは、この「レポート」を語ることで、論理的「左脳」が活性化し、感情的「右脳」が冷めていってしまうことです。それでは、「感情」が響き合うような「深い話」はできません。 ●　相手の「感情」を特定する 　そこで大切なのは、相手が話す「レポート」を「エピソード」に転換していく技術です。 　ここで重要なのは、「感情を特定」してから、エピソードに転換するということです。 　例えば、「息子が受験なのに勉強しないでゲームばかりしているのは問題だと思います」というレポートをエピソードに転換する時には、「息子さんに関する何かエピソードを教えてくれますか？」ではなく、「息子さんに対して『怒り』や『苛立ち』『もどかしさ』をいちばん強く感じたエピソードを教えてくれますか？」と質問をするのです。 　ただし、「怒り」「苛立ち」「もどかしさ」という感情は、すでに語られたレポートにおいて、具体的な言葉として語られてはいないはずです。では、なぜ感情を特定できたのか？ そこで必要となるスキルが、「感情の尻尾を捕まえる」です。 ●　「感情の尻尾」を捕まえるとは？ 　「感情の尻尾」とは何か？　 　この例で言えば、「息子が勉強をせずゲームばかりしている」（できごと）、「受験生なのに勉強しないのは問題だ」（思考）がそれに当たります。なぜなら、そこには論理的必然として「怒り」などの感情が存在することが想定されるからです。 　しかし、これだけでは、お父さんが「怒り」などを感じていると断定するわけにはいきません。にもかかわらず、「息子が受験なのに勉強しないでゲームばかりしているのは問題だと思います」と言っているだけなのに、「それはイライラしますね？」などと決め付けるようなことを口にしたら、相手は「違和感」を感じて、それを受け入れようとはしないでしょう。 ●　「表情・仕草」と「相手になってみる」 　そこで求められるのが、ある種の推理・推測です。 　その方法は主に二つ。一つ目は話し手の「表情」や「仕草」から推測すること。二つ目は、聴き手が話し手に「なってみる」こと。この二つの方法によって、お父さんの、「感情」を推理・推測するのです。例えば、「息子が勉強せずにゲームばかりしている」と話すお父さんの表情には、おそらく「怒り」や「苛立ち」が見て取れるでしょうし、お父さんに「なって」みても、同じような気持ちが湧いてくるはずです。 ●　「決めつけ」は絶対にダメ 　こうして「感情の尻尾」を捕まえたら、「怒り」や「苛立ち」という感情をもっているかどうかを、お父さんに確認します。ここで大事なのは、「もしかして、そんな息子さんを見てもどかしさのようなものを感じられましたか？」などと慎重な姿勢で聞くことです。間違っていても構いません。その場合には、きっとお父さんは「うーん……そうですねぇ……まぁ、もどかしいとも思うけど……恥ずかしながら、正直なことを言うとカッと怒りを覚えてしまうんですよね……」などと自らの感情を語ってくれるかもしれません。 　このように、相手のレポートから「感情の尻尾」を捕まえたら、「息子さんに対して『怒り』をいちばん強く感じたエピソードを教えてくれますか？」と質問をするのです。 ●　生々しい感情のこもったエピソード 　すると、おそらくこんな感じでエピソードを語ってくれるはずです。 　「先週の土曜日の18時頃、家族3人で外食に行こうと約束していたが、息子が『宿題が終わっていないから待ってくれ』というので、家族で30分待っていた。 　しかし、40分過ぎても子ども部屋から出てこないので、催促しに部屋に入ると、彼はゲームをしていた。私はかーっと怒りがわいてきて、『何をしているんだ！ 勉強するんじゃなかったのか！ お母さんとお父さんはずっと待っていたんだぞ！』と大きな声で怒鳴ってしまいました。 　すると、中学生の息子は気圧されて涙を流して怖がったんです。私は、言い過ぎてしまった、と急に恥ずかしくなりました」 　相手のレポートから「感情の尻尾」を捕まえることができれば、このように生々しい感情のこもったエピソードを教えてくれることがあります。これができると、当たり障りのない「会話」から、一気に「深い対話」へと進んでいくことができるのです。ぜひ、覚えておいていただければ幸いです。 　（この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです） 小倉 広（おぐら・ひろし） 企業研修講師、心理療法家（公認心理師） 大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。 また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』（ダイヤモンド社）など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。