安藤和津「3か月の登校拒否」中学のいじめで決意したキャラ変、「和津ちゃんちは臭い」と言われた家庭環境
このままずっと自分自身の意見を言えないような人間でいたら、一生いじめられるままだ。いつまでも泣いてグズグズしていちゃダメだ。自分が変わらなかったら、ずっとこのままだ。 そういう怒りのような、競争心のような、「負けてたまるか」という気持ちが湧いてきた。それをきっかけに、“キャラ変”することを決意したんです。 ── 具体的には、どのような行動を取ったのでしょう? 安藤さん:誰かに嫌なことを言われたら、きちんと言い返す。自分の意見を口に出してみる。もちろん、すぐにできたわけではありませんが、学校に復帰後は徐々にそうしたことができるようになっていきました。何も言えずに我慢していた自分のことが、幼稚園時代からずっと嫌いだったので、そこは頑張りました。
私のそうした性格は、家庭環境の影響もあったのだろうなと今は思いますね。同年代の子どもと遊ぶ機会があまりないまま、大人ばかりの環境で育ってきたせいか、「自分は一番下だから発言しちゃいけないんだ」とずっと思い込んでいましたから。そのせいで、本来の自分が封じ込められていたのかもしれません。
■「和津ちゃんちは臭い」と言われて ── エッセイ『愛すること 愛されること』では複雑だった家庭の事情も明かされています。未婚のまま安藤さんを育てた母、寝たきりだった祖母、結核性脊椎炎(脊椎カリエス)の後遺症で背骨が曲がっていた叔母、そして娘を溺愛しながらも別の家庭を持っていたため不在だった父。そうした家族の形が、自身の人格形成に影響をもたらした部分はありましたか。
安藤さん:それはもちろん、すごく大きかったように思います。祖母は重度のリウマチで、40代後半からはずっと寝たきりで、ひとりでは寝返りさえ打てないような状態でした。 今のように介護用品なんてない時代でしたから、浴衣を縫い直したおむつをあてて、使用済みのおむつはバケツに入れて、洗濯をして使いまわすんですね。すると家の中におむつのニオイが当然こもるんですよ。 毎日そのニオイを嗅いでいる私たちはもうニオイに慣れてしまっているのですが、友達が家に遊びに来るようになると、「和津ちゃんち、なんでこんなに臭いの?」と言われてショックを受けたことがあります。