『#21 久令愛(くれあ)~PURE-Jの令和天空美神~』女子プロレスマガジン リレーコラムSEASON2
女子プロレスマガジン・リレーコラムをご覧の皆様、初めまして! PURE-J女子プロレス所属“令和天空美神”こと久令愛です! まずは自己紹介から。 私は2000年5月18日生まれの現在23歳、これでもPURE-J最年少です…笑 両親が吉本女子プロレスJd'のプロレスラーCooga(クウガ)選手のファンで女子プロレスには馴染みがありました。新人オーディションを受けた頃はまだ高校一年生という事もあり、実は練習生期間は約3年になります…笑 高校卒業後すぐに入門。3か月の練習を経て2019年8月11日、プロレスの聖地・後楽園ホールでデビューしました。 学生時代の私は、我ながら自由奔放でした。“好きか嫌い”か“やりたいかやりたくない”かというように100-0で生きてきたので、自分の琴線に引っかからないものには見向きもしなかったのを覚えてます笑 ですが昔から“何かを作る”、“何かを表現する”という事には興味があり、どういう形であれ、芸能か芸術に関わる仕事をしたいな…と漠然と考えていた時でした。 KAZUKIさんに誘って頂いたのかな? 少し記憶が曖昧なのですが、中学生の頃、JWP女子プロレス(現PURE-J)の阿部幸江選手の引退興行を家族で見に行く事になりました。
その時、元々交流があったCooga選手や、おばっち飯塚選手とお会いしたり、映像でしか見たことなかった女子プロレスを初めて生で観戦。それらの出来事が自分にとって衝撃的でした。 余程惹かれたのでしょうね。その後、夏休みの宿題の絵日記には“将来の夢は女子プロレスラー”と書いていました。 そんな私は高校生になってしばらくして、オーディションを受ける事になります。 “プロレスが好きな両親だからこそ、 きっと反対される” そう思った私は、何故か父親にはオーディションを受ける事は伝えず、そのまま地元・名古屋での興行前に開催された新人オーディションを受験、そして合格しました。 そこからは名古屋から行ける範囲の興行にはスタッフとして参加。 リング設営の時点で既にヘトヘト。だからといって休む時間は無く、開場前の時間に先輩に基礎体を見て頂いたり、開場後は既に筋肉痛の足を引きずりながら会場内を走り回ったり。 長期休暇が取れた時は、東京にある道場へ練習にも行きました。辛い時も勿論あったけど、私の心は豊かでした。 気付けば同級生は、進学か就職かという選択を迫られる時期。ですが私は、“プロレスラーになるから”と先生や知り合いの言葉には耳を貸さず、東京に行く事だけを考えていました笑 そして忘れもしない。 2019年3月31日。名古屋大会終了後、私はまだまともに話したことの無い、先輩方ばかりが乗る選手バスで上京しました。これを私は勝手に“クレア拉致事件”と呼んでいます…笑 まさか選手バスに乗っての上京だとは思っていなかったので…とてつもなく緊張しました笑 先輩の中には、バスを見送る私の母の泣き顔が印象的だったと、話す方がいるぐらいの出来事でした…笑 上京してどんな生活になるかなと思っていた頃。チリからPURE-Jに来たAKARIとの寮での生活が始まりました。 最初はまともに意思の疎通がとれず、お互いどうしたらいいのか分からないままでした。 でもお互いを知る為に、コミュニケーションを続けた結果、次第に関係が深まっていきました。 彼女曰く、私は日本人というより、外国人のような考え方を持っているので話しやすい!だそうです。笑 しばらくして、“一緒にタッグとしてやっていきたいね”と話すようになり、今の「クレアカリ」というチームにまでなりました。 正直、デビューしてからは日々リングに上がり戦うだけで精一杯だった私は、誰かとタッグを組み、同じベルトに向かって切磋琢磨するなんて考えられませんでした。 ですが、彼女の私とは違うプロレスへ対する強い気持ちを知る度に、“彼女とならタッグ王者になりたい”と次第に思うようになりました。 私がここまでプロレスを続けてこられたのは、彼女との出会いも大きな要因だと思ってます。