「芸能人の偽アカ」に騙され誤報→削除→大炎上…毎日新聞が「芸能こたつ記事」に手を出してしまった残念な理由
■PV稼ぎに執着する毎日新聞になってほしくない もっとも、かつてほど「こたつ記事」で収益は上げられなくなっているというのがウェブ業界共通の見立てだ。今から手を出すのは競争相手が多すぎるレッドオーシャンに後発で乗り出すようなもので、よほどうまくやらない限り利潤も得られない。 利潤も乏しく、信頼を毀損するリスクは普通の記事より高く、外注任せかつ周回遅れのデジタル化を進める必要はどこにもないというのが私の結論だ。「こたつ記事」の先に積み上がるのはいくばくかのPV、それもウェブサイトも含めた「毎日新聞」ブランドのもとに掲載されている記事であるとも認識されないまま読み飛ばされるようなPVしかない。 新しい挑戦は歴史ある土台の上にこそ成り立つ。 歴史ある新聞社が貫いてきた丁寧な取材で一次情報を稼ぎ、事実の正確さにこだわった上で、ウェブに適応した記事の書き方や配信の仕方を研究し、新聞紙の発行以外のメディアに挑戦するというのなら歓迎する変化だ。紙面にも良い変化を与えるだろう。 ■記者の数は他社より少ない、でも自由だった 毎日新聞は他の新聞社に比べて記者の数は少ない。だからこそ、私が在籍していた時代は記者の自由度が他社に比べて高かった。 地方の事件取材でも他社が3人以上で取材しているところを1人で取材しろと言われることは日常茶飯事だった。情報の厚みでは負ける。しかし、他社が担当を細分化するなかで、1人で現場を回り、捜査関係者を当たることで立体的に事象が見えてくる。第一報の特ダネも求められたが、「どんどん書け」と推奨されたのは、1人だからこそ書ける切り口で勝負する記事だった。 あらためて言うまでもないが新聞の武器は要所に張り巡らされた取材網にある。ウェブは一報以外の記事の価値、動画配信も含めて取材しているからこそわかる記者の言葉にもより価値を与えるメディアでもある。 良い変化は持っている武器を磨き上げた先にしかない。 ---------- 石戸 諭(いしど・さとる) 記者/ノンフィクションライター 1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスのノンフィクションライターとして雑誌・ウェブ媒体に寄稿。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。2021年、「『自粛警察』の正体」(「文藝春秋」)で、第1回PEP ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象』(小学館)『ニュースの未来』(光文社)『視えない線を歩く』(講談社)がある。 ----------
記者/ノンフィクションライター 石戸 諭