いまアメリカで「コミュニティを持つこと」は「贅沢品」になっている…世界で深刻化する「大人の孤独」という問題
人が「集まれない」社会
朝起きるとすぐにスマホをタップしてSNSアプリを立ち上げる。そこに並んだ投稿や動画を見て、怒ったり、悲しんだり、喜んだりする――私たちの生活の奥深くにSNSが浸透するようになってすでに数年が経ちました。 そしていまやSNSは、政治や経済にすら巨大な影響を与えることも明らかになってきています。社会について考えるためには、SNSの動向を追うことが必須となっているのです。 SNSと社会の関わりの現在地について、アメリカの事例を参照しながら、その最前線を教えてくれるのが、ライターの竹田ダニエルさんによる『SNS時代のカルチャー革命』という本です。 著者の竹田さんは、アメリカで理系の研究者として働くとともに、アメリカのカルチャーの最新事情を継続的にレポートし、日本に紹介しつづけています。 たとえば同書がレポートするところによれば、このところアメリカのSNSにおいて明らかになりつつあるのが、「大人の孤独問題」だそう。その背景には、いまやコミュニティが「贅沢品」になりつつあるという事情があるといいます。同書より引用します(読みやすさのため、改行などを編集しています)。 〈「大人の孤独問題」の原因の一つとして、インターネットの使いすぎによるリアルでのコミュニケーション不足が挙げられるが、皮肉なことに、インターネットやSNSが普及したことによって、このような「大人の孤独問題」が浮き彫りになったことも事実だ。〉 〈2020年のロックダウンの際に、若者たちがこぞってTikTokで退屈や不安を赤裸々に表現したように、今はもうロックダウン中ではないにもかかわらず、資本主義によって統一化された9時~17時/週5日間の働き方への嫌悪感や、大人になってからの孤独感に対処する方法の少なさなどについて、SNSで多くの人が吐露している。 数十年前は大人が「寂しさを感じている」と公に発言するのは恥ずかしいことだったかもしれないが、現代では自身のメンタルヘルスについてオープンに語ることに対する抵抗感が確実に減りつつある。今はそれを社会の構造的な問題として捉えることができるし、資本主義の失敗へと問題意識が向けられ始めているのだ。 例えば、アメリカにおいて映画館というのは、かつてはティーン同士や家族みんなで、夕方や週末に気軽に行ける場所だった。しかし今ではチケットが15ドル、ポップコーンが10ドル、ドリンクが8ドルくらいする。同じくボウリング場もかつては10ドルくらいで長時間楽しめたので、アメリカのレトロな映画ではティーンが暇つぶしにたむろしている場所というイメージが強いかもしれないが、今では靴のレンタル代も含めたら軽く40ドル以上はかかるだろう。 さらに、都市開発の側面から考えると、住宅地の近くでの商業活動を認めないゾーニング政策をとるなど、どんどん車中心の街(car-centered city)ばかり増えてしまっていることも問題と言える。若者たちが憧れる街といえば、歩ける街(walkable city)であり、最近では日本の極狭アパートまでもが「若者が一人でも安く暮らせる素晴らしい建築」の例として讃えられるほどだ。〉 〈客が「長居する」ことを拒むような商業施設も増えている。結局、街の住民や客の居心地の良さなどは二の次で、いかに利益を上げるかばかりが重視される社会へと高速で向かっているのだ。 このように、無料もしくは格安で新たなコミュニティと出会い、対話を楽しめるような場所の減少によって起きているのが、高額な会員費を必要とするラグジュアリージムやラウンジの台頭だ。コミュニティさえも「お金で買う」ものへと変わってきている。 お金を使わなくても時間を潰せる場所、人と集まれる場所として、図書館が今注目されている。2023年、ニューヨーク市は大幅なコスト削減プランの一環として、市内の200以上の公共図書館で日曜日を閉館日にすることを決定し、今でも大きな批判を浴びている。治安維持の役に立たず、社会的弱者にばかり暴力をふるい抑圧する警察への予算はどんどん増やされるのに、市民のための公共施設を利用する機会は減らされるという動きが、むしろその公共施設の重要性を議論するきっかけになっている。 「Library card(貸出カード)を持っている人はクール」というミームが広がり、図書館は映画やオーディオブックが借りられて、パソコンの使い方などを司書さんが教えてくれる、本を読むだけではなく豊富なリソースがある場所だという情報をSNSで熱心に共有する若者の投稿がバズるなど、図書館という存在への関心は高まっている。〉 〈Mychal Threets(@mychal3ts)というカリフォルニア在住の司書兼TikTokerは、TikTokで約80万人のフォロワーを誇るほど人気の存在になっている。彼は図書館という場所の素晴らしさを熱心に広めたり、図書館で経験した素敵なエピソードを語ったり、自分のメンタルヘルスとのパーソナルな闘いについてシェアしたり、「司書」という存在を身近に感じさせる投稿で大きな話題を集めた。図書館、そして図書館の本は「人を繫げるきっかけ」になるということを愛情を込めてSNSで伝えたことで、図書館の重要性が再認識されたのだ。 今やニューヨーク市内は人気エリアでなくとも家賃3000ドル以下の部屋はほとんどなく、元々暮らしていた人たちがどんどん追い出される状況になっている。こうして、利便性や「遊べる場所」のある高級なエリアと、それらは無いが手の届く家賃のエリアのどちらに暮らすか、若者たちは苦しい選択を迫られている。 その結果、今までは「大人になったら一人暮らしをするのが当然」という考え方が根強かったアメリカの常識も変わりつつある。家賃の高騰や雇用の不安定化によって、親と実家で暮らすZ世代は、衝撃的なことに半数以上にのぼる。それによって、大人として一般的に行う社交やいわゆる「巣立ち」のタイミングがどんどん遅れ、将来的に深刻な問題を起こすのではないかと懸念されている。〉 さらに【つづき】「アメリカで、1.2リットル入りの「バカデカいタンブラー」が大流行した「意外すぎる理由」」(12月28日公開)の記事では、アメリカの「孤独の問題」が、意外なブームにつながったことを見ていきます。
竹田 ダニエル(ジャーナリスト、研究者)