「美しき柔道」を支え続けてきた柔道衣の老舗・九櫻(くざくら)のこだわりとオンリーワンの技術
日本の職人が生み出す高品質
「柔道衣は硬いイメージもあるかもしれませんが、ウチの柔道衣は“内柔外剛”といって、丈夫でありながら肌触りがとてもいい。それは生地の生産を社内で行っているからできることです。また裁断も自動裁断機に頼らず、職人がお客さんの声を聞きながら手作業で行っています。そうしたところも着心地のよさにつながっていると思います」 公認メーカーがパキスタンに製造を発注しているのは、柔道衣作りはとにかく手間がかかるからだ。それが理由で、柔道衣に興味を示しながら、手を出さなかった大手メーカーも存在するという。だが九櫻は、材料費の高騰や職人の高齢化といった課題に直面しながら、織布、染色、裁断、縫製というすべての工程に優れた技術、知識を持つ職人を配し、妥協のない柔道衣作りを続けているのだ。 「縫製業にはなかなか若い人が集まらないので、技術の継承が大きな課題になっていますが、若手の育成には力を入れています。またウチで稼働しているシャトル織機は、もう生産されていないので、壊れてもスペアの部品がない。壊れた時は担当者が自ら部品を作って対応しています」 一貫生産ならではの丈夫で着心地のいい九櫻の柔道衣は、オリンピックや世界選手権に出場する実力者にも高く評価されている。だが、強豪国の代表選手は自国の競技団体が契約するメーカーの柔道衣を着なければいけないため、資金力に勝る世界的なメーカーがシェアを占めることになる。規模の小さな九櫻にとっては不利な状況だが、その中でも同社は大いに健闘している。 三浦社長が言う。 「2014年のリオ・オリンピックでは、男女でそれぞれ7階級、計56人のメダリストが生まれましたが、弊社の柔道衣を着用したメダリストは11人も出ました。メーカーの中では2位タイの人数。ウチはちっぽけな会社ですが、世界的な企業に食らいついて必死に戦っているのです」 少子化によって国内市場の成長が見込めない中、九櫻は近年、海外でのシェア拡大に注力。東京オリンピック翌年の22年には、ブラジル代表と契約を果たした。 「柔道が盛んな国でウチのものを使ってもらいたいと考え、13年に世界選手権を開催したブラジルに飛び、積極的に営業を行いました。連盟の人たちにあいさつをして、リオやサンパウロの道場を一つひとつ回りました。さらに私たちは販売ルートを粘り強く開拓したことで、10年がかりで代表チームとの契約にこぎ着けることができました。日系人が多いブラジルはフランスと並ぶ柔道大国で、競技人口は世界一といわれています」 手間を惜しまず、ただひたすらにいいものを作り続ける九櫻。小さな老舗の柔道衣の素晴らしさは少しずつ、しかし確実に世界中の柔道家に知られてきた。講道館のある東京・水道橋にオープンした『九櫻ワールドショップ』は、外国人柔道家が足しげく訪れる穴場スポットとなっている。
【Profile】
熊崎 敬 フリーライター。1971年1月生まれ、岐阜県出身。明治大学を卒業後、サッカー専門誌の編集者となり、2000年フリーランスに。サッカーを中心に、野球、ラグビー、麻雀、エスニック料理など幅広いジャンルの取材・執筆を行なう。『サッカーことばランド』(共著・ころから)ほか著書多数。