「銃規制は死んだ...」3Dプリンター銃「FGC9」開発者の正体が判明、謎の死と痛ましい「素顔」に迫る
「匿名」掲示板に手がかりが
Jスタークは身元がばれないよう細心の注意を払っていた。ごくまれにカメラの前で取材に応じても、マスクとサングラスは欠かさなかった。 それでも21年秋、独ニュース週刊誌シュピーゲルが「成長し続ける闇の自作銃コミュニティー」を探る記事を掲載。その中にディターレンス・ディスペンストの「ジェイコブ・D」のインタビューがあり、彼がその年の夏に死んだことも明らかになった。 同誌によれば、彼は28歳のクルド系青年で、警察に身柄を拘束されたときはドイツ南西部のフェルクリンゲンで暮らしていたという。 「当局は数カ月に及ぶ捜査の末、21年6月下旬、強制捜査に踏み切った。彼のアパートで3Dプリンター1台、複数の携帯電話とHDD、パソコン1台を発見したが、武器は見つからなかった。ジェイコブ・Dは釈放された」 しかしその2日後、彼がハノーバーに住む両親の自宅前に止めた車の中で死んでいるのが発見されたらしい。記事によれば、司法解剖の結果、死因は特定できなかったが、他殺・自殺の可能性は排除されたという。 この記事をきっかけに3Dプリンター銃のネットコミュニティーではジェイコブ・Dの死をめぐって陰謀論が飛び交った。一部では銃所持という大義の「殉教者」、FGCのような銃を自作できるよう命懸けで挑んだ人物と見なされるようになった。 私は19年8月のあるインタビューから、ジェイコブ・Dの正体に迫る鍵を見つけた。 記事の中で彼はウィルソンとツイッター(現X)でウィルソンの設計の1つを「使えない」と批判したことに言及。ウィルソンから「自分で直せ」というようなことを言われて奮起し、独自の設計に取りかかったと述べている。 ウィルソンのツイッターのフィードをざっと調べてみると、18年のあるメッセージで@thereal_JacobKというユーザーに「直せ」と返信していた。だがそのユーザーのアカウントはその後停止され、プロフィールを閲覧することはできなかった。 幸い、ネットのアーカイブサイトで@thereal_JacobKのプロフィールが公開されているのを発見。ジェイコブ・Dと同一人物だと確信して追跡を続けた結果、匿名掲示板4chanの「ポリティカリー・インコレクト(非ポリコレ)」の掲示板にたどり着いた。 ミーム(ネット上で拡散する画像やフレーズなど)やジョークを量産するだけでなく、荒らしや嫌がらせも横行することで悪名高い掲示板だ。 4chanの投稿は定期的に削除され、デフォルトの投稿者名は全て「アノニマス(名無し)」。だが実は一人一人に独自の文字と数字の組み合わせがひも付けされていてコメント主を追跡できる。 4chanのアーカイブサイトで追跡を続けると、やがて@thereal_JacobKについてさらに詳しいことが分かってきた。ドイツでの生活に失望、渡米を願い、憲法修正第2条に心酔し......。何より印象的だったのは自分を「インセル(非モテ)」と評していたことだ。 とうとう私は、ジェイコブ・Dが自分の写真をいくつか投稿しているスレッドを見つけた。その中には顔出し写真もあった。 顔認証システムを使うなどして、彼が過去に利用した音楽共有サイトのサウンドクラウドと外国旅行者のためのホームステイ先紹介サイト・カウチサーフィンのプロフィールにたどり着いた。後者で彼は「10代の頃からの憧れの国」アメリカに旅したいと書いていた。 またこの2つのサイトでは、彼は本名を明かしていた。ジェイコブ・ドゥイグだ。 最終的に私は、ドゥイグが長年にわたり4chanその他の掲示板に匿名で書き込んだと思われる何百ものコメントを見つけた。彼はドイツでの生活やドイツ軍入隊後の日々のこと、インセルである自分の孤独や絶望について語っていた。 そこから浮かび上がるのは複雑で情緒不安定な、思い込みの強い、痛ましい男の素顔だった。過激な思想の持ち主であることもうかがわれた。 これらのコメントは、彼がJスタークとしてインタビューで語っていたこととは驚くほどギャップがあった。インタビューではナチスのユダヤ人大虐殺や中国のウイグル人問題に触れ、誰でも弾圧から身を守るために武装する権利があると主張し、そのためにFGC9を開発したのだ、と語っていた。